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偉大なるフランス文化


わたしにとってフランス語とフランス人とは、「嫌い嫌いも好きのうち」。

以前から何度もフランス語にトライして、そのたびに挫折した。しかし懲りずにまだトライし続けている。それなのに喋れない。なぜだろう?

フランス人はフランス語が世界で一番美しい言葉であると、誇りにしているという。確かに美しい言葉だ。だからこそ照れてしまう。

たとえばカフェに入る。

「ボンジュール、ムッシュー、アン・カフェ・シルヴプレ」

などと言わなければいけない。カタカナで書くと雰囲気がでにくいが、コーヒーを頼むだけなのに、体がムズムズとかゆくなってくるような発音をしなければいけない。

やはりフランス語の基本は「気取り」だと思う。イメージングも必要だ。自分がフランス人の「マドモアゼル」あるいは「マダム」になったと呪文をかけ、ちょっと首を斜めに傾け、顎をちょっと突き出すようにして喋り出す。これができればフランス語の第一段階はクリアしたことになるだろう。逆にここで照れたらおしまいである。

そして自信を持つこと、主義主張を明確にすることも欠かせない。曖昧さは許されないのだ。また、母音はあまりはっきり発音しない方が効果が上がるように思われる(母音をはっきり発音するとスペイン語やイタリア語になってしまう)。

わたしの場合、喋り出すときに照れてしまうのがまずいけない。イメージングに取り掛かると我が顔が思い浮かび、失敗する。気取らない性格もマイナスに働いているようだ。はっきりした性格なので、母音もはっきりしてしまう。だから自信が持てない。主義主張は明確だが、そこに至らないうちに厚い壁が立ちはだかっている感じである。

しかしそれでもわたしは、フランス語を喋っている自分をイメージングしながら、NHKの語学講座を見続ける。いつの日かフランスに語学留学するのもいいだろう。生きているうちにフランス語を喋れるようになること、悲願である。

フランス語は複雑でむずかしいし、フランス人もむずかしい人種だと思う。しかしだからこそ魅力的なのだ。

「『英語は喋れるか?』と確認してから、英語を喋りなさい」

数年前にフランスに行ったとき、駅の切符売場の女性が言った。

当時、ユーレイルパスを使いヨーロッパ旅行をしていたわたしは、たいていどこの国の切符売場でも英語で尋ねていたが、フランスでいきなり英語を喋ったらおこられた。

彼女が言うことは正論である。「英語は喋れるか?」とまず確認するべきだろう。たとえば日本にいる外国人がいきなり英語で話し掛けてきたら、「ここは日本なんだから、日本語を喋りなさい」と言いたくなるかもしれない。しかし言えないのが現実だ。そしてそんなジレンマは日本人だけのものではないだろう。けっこういろんな国を訪れたが、こんなにはっきり諭されたのはこのときだけである。

たった1度の出来事が偶然にもフランスで起こったのか、それとも起こるべくして起こった出来事なのか…?

そういえばこんなこともあった。昨年(1996年)12月初旬、パリからロンドンまでのユーロスターの切符を買おうとしたときのことである。

『ミッション・インポッシブル』にも登場したユーロスターに一度乗ってみようと、パリ北駅に行き、念のためインフォメーションで値段を確認した。もちろん「英語は喋れるか?」と尋ねたうえで…。担当の青年は流暢な英語で返答してくれる。値段の確認を終えたわたしは、「フランス人も国際化したな」なんて僭越なことを考えながら切符売場へと向かった。甘かった。

「ユーロスターは炎上事故のため不通。はっきりした復旧のメドはたっていない」

切符売場では別の男性がニベもそう言った(ヨーロッパの大きな駅では、値段や時刻表などについての質問を受けるインフォメーションと、切符売場は別々になっている)。このところニュースをチェックしていなかったので、わたしはユーロトンネルで事故があったことを知らなかったのだ

「あなたは親切ではない」

流暢な英語を喋る青年に言うために、インフォメーションまで戻ろうかと思った。が、彼が自分を正当だと主張する言葉がイメージできたのでやめた。

「しかしあなたは値段のことしか尋ねなかった。もしあなたがユーロトンネルの事故について尋ねたならば、ぼくは答えていた。それがぼくの仕事なのだから」

こんな風に言われたとしたら、わたしは反論するすべを知らない。

フランス人の傾向と対策

1.相手の言うことに素直に同意すると、主義主張がないという烙印を押されてしまう。ああ言えばこう言うしながら、会話の質を高めていくことが大切。

EX.) 不幸にしてフランス人に教えられたことを忘れてしまっても、素直に認めないほうがよい。「なぜ覚えていないのか?」、理由を説明すること。その際、ユーモアは忘れないように。もしできるようならちょっと皮肉を込め、遠回しに「あなたの教え方がよくなかった」というような意味のことを伝えられればなおよい。しかし反撃が返ってくることは必至なので、次の展開に移れるよう姿勢を整えておくこと。

2.フランス人は外国人に気を使ったりしないが、フランス文化に溶け込もうする外国人を拒むことはない。もし「フランス人が受け入れてくれない」などと感じるとしたら、「受け入れてもらおう」とする姿勢が甘いのだ。フランス文化へ身を投げるくらいの心意気を持つこと。

EX.) いまだに日本人は外国人に腰が引けてしまう傾向があると言われる。無理して英語を喋ったり、妙に気を使ってしまったり…。そんな日本人と違ってフランス人は、わたしたちが「失礼なヤツ」と感じてしまうような言動をとるかもしれない。しかし彼らの「失礼さ」は、シャイでちょっと屈折した彼らの配慮の表れだったりする。無視しないということは、すなわち興味を持っているということなのだ。フランス文化に興味を持っているという気持ちを示せば、きっと彼らは「待ってました!」とばかりに抱きしめてくれるだろう。

3.フランス人は他人にモノを貸したり、教えてあげるのを好み、逆を好まない。

EX.) あなたの友人のフランス人が蚊に刺されたとする。彼(彼女)はかゆみ止めのクスリを持っていないが、あなたは持っている。どうするか?

「このかゆみ止めを使ってみる?」などと尋ねても、「たいしたことはないから必要ない」という返事が返ってくるのは目に見えている。そのとき、あなたができることは以下の二者択一。

A.そのまま放っておき、かゆがる友人をチラチラ見ながら、「クリーム貸して!」と頼んでくるのを待つ(近所に薬屋があれば、彼(彼女)はあなたの助けを借りずにかゆみ止めを購入することだろう)。

B.このかゆみ止めのすばらしい効果について、とうとうと説明する。そのうち彼(彼女)は、「そんなにあなたが薦めるのなら、わたしには必要ないけれど試してみよう」とクリームをすりこみ始めることだろう。

もしBを選択した場合、その後10分おきくらいに「よくなったか?」と確認することを忘れないように。本当にすばらしい結果が得られたか確認しなければいけない(同時に軽く恩に着せる)。素直に「よくなった」と答えるとは考えにくいので、反論が返ってきたときのために防戦態勢を考えておくこと。

「フランス語で『あなたの名前は?』って何ていうんだっけ?」とフランス人の友人に尋ねた。彼女は急に姿勢を正す。胸をちょっと張り、顎をちょっとだけ突き出し、まるで音楽の先生が指揮をするときのように、オペラ歌手が歌いはじめる瞬間のように、姿勢を整えて彼女は言った。「Comment t'appelles-tu?」。ああ、この気取りが魅力的!

旅行中に出会ったアメリカ人のムッシューが言った。

「ぼくはカナダのケベックとか、パリとかが好きなんだ」

ここで彼は少し間を置き、続けた。

「そう、ぼくはフランス語はできないけれど、なぜかぼくが好きな場所はフランス語圏。はっ、はっ、はっ…」

むかし学校で「外国人はごまかし笑いはしない」と教わった。ちゃんと理由を説明するのだと。しかし彼は確かに笑ってごまかしたように思う。そう、ここで笑いたくなる気持ちは、わたしにもよーくわかるのだ。

旅行した時期は1996年10月〜11月です。



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