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ハバナ、そこで見たものは


小学生のころ、遠足で鎌倉に行き、生まれて初めて外国人と話した。相手は鶴岡八幡宮で見かけただけ、通りすがりの外国人である。まだ外国人が珍しかった当時のこと、彼はたちまち小学生に囲まれ、外タレ並みの歓迎を受けた。小学生たちは知っている限りの英単語を並べて話しかけ、いっしょに写真を撮ってもらい、サインまで求める始末…。

こういった傾向は日本人だけのものだと、長いあいだ思っていた。しかし外国人を見ると英語を喋ってみたくなる、というのは何も日本人に限ったことではないらしい。

今回のキューバ・ツアーはドミニカ共和国の旅行代理店で手配したため、ドミニカ人とキューバを観光する…というヘンなシチュエーションになってしまった。

そう、英語の学習意欲が旺盛なドミニカ人たちは、英語を使いたがるのだ。

サント・ドミンゴの空港で、飛行機に向かって歩きながら携帯電話を取り出したキャリア・ウーマン系、20代なかばの女のコ。そんな行動が印象的だった彼女とエレベーターでいっしょになったので、「HASTA LUEGO!(またあとでね)」と、それもドミニカ風の発音でSを抜き「アッタ・ルエゴ」と挨拶したのに、「BYE!」と言われてしまった。

またニューヨークに17年住んでいたという別の男性は、アメリカ風に「HI!」と陽気に手を振った。

そうしてドミニカ人とのハバナ市内一日観光が始まった。

まずは定番、「カリブ海最強の砦」といわれるモロ要塞の見学。ハバナ港の入口にあるこの要塞は、16世紀後半から40年以上の歳月をかけてつくられたという。

「オサマ砦とオサマ川みたいなもんだ」

隣りのドミニカ人が言う。ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴにも、似たような要塞がある。作ったのはどちらもスペイン人。まあ、そう言ってしまえば、要塞はどれも似たようなものだろう。旧植民地の海に面した主要都市には、だいたい似たような要塞がある。

バスが次の目的地の旧市街に到着すると、ガイドのナタリーが言った。

「ひとつだけ守ってほしいことがあります。バスから降りると、『キャラメルちょうだい!』と言いながら人々が集まってきます。でもあげないでくださいね」

わたしのアタマのなかは、またも「?」でいっぱいになった。昨日から持ち越していた「?」も蘇ってくる。キャラメルはあげちゃいけない…?

バスを降りると、人々がわっと寄ってきて、わたしたちを囲んだ。

「1ドルください!」

「キャラメルください!」

「お願い!」

子供、お年寄り、一目で「それ」とわかる若い女のコ…などが、「1ドルコール」を繰り返す。わたしたち一行が歩いていくと、彼らもついてくる。お天気のいい金曜日のお昼、ドミニカ人観光客とわたしは、人々にまとわりつかれながら、塗装がボロボロにはげたハバナの旧市街をゆっくりと歩いていった。

ラムの館に入る。カウンターでは自由に味見ができ、気に入ったのがあれば購入するシステム。おいしそうなラムのボトルがUS$5くらいで売っていた。

もちろんラムの館に音楽は欠かせない。ギタートリオがちょっとマリアッチ的なメロディを奏でていた。お決まりだが、大好きな「GUANTANAMERA」も歌ってくれる。「GUANTANAMERA」は不変の名曲なのでいろんなアレンジがあるが、彼らの演奏はわたしが好きなタイプだったので、大きな拍手を送った。

「カセットはいかがですか?」

彼らは大きな拍手を聞き逃さずに、弾きおわるとスッとわたしの側に来た。

「いくら?」

「6ドル」

「高いんじゃない?」

「でもこのお金は国に納めなければいけないんです」

「5ドルにしてくれる」

「何の問題もありません」

国に納めるお金をそんな簡単に下げちゃっていいのかしら。

次はヘミングウェイが常連客だったという伝説のレストラン・バー「ボデギータ・デル・メディオ」へ。

 

ドミニカ人たちといっしょにアニースのような匂いがする、リキュールに葉っぱを入れたカクテルを飲んでみた。これがとてもおいしい。何ていう名前だったかなあ。

木づくりの落ち着いた雰囲気の店内は薄暗いが、観葉植物が置かれたスペイン風のパティオには強い陽射しが射しこんでいる。「ソル・イ・ソンブラ〜光と影」、まるでこの国の現状を象徴しているかのように…。

数メートル離れたところに立ち、わたしの顔をチラチラ見ながら筆を走らせている男性が目に留まった。どうやら似顔絵を書いているらしい。

しばらくして彼は「あなたにプレゼントです」と言って、絵を差し出した。ちょっとデフォルメしうまく特徴を捉えた似顔絵は、わたしにそっくり。才能ある画家に1ドルを渡したが、複雑な心境…。

店を出ると、バスを降りてからずっとついてきているメンバーが待っていた。観光客向けの「ラムの館」や「ボデギータ・デル・メディオ」には入れないが、ちゃんと外で待っていて合流するのだ。辛抱強く待っていた、という感じではない。「また会っちゃったね!」くらいのさりげなさなのだが、1ドルコールは止まらない。

カテドラル前の広場へ向かう。彼らもついてくる。途中で加わったメンバーもいるようで、いつのまにか数が増えている。大名行列のような仰々しさになってきた。

ただ彼らの名誉のために言っておくが、「スキがあれば盗んじゃおう!」なんて不埒な素振りは決して見せない。社会主義教育のもと、きちんとモラルを学んできた彼らはそんなことは考えない。じゃあ、物乞いはしてもいいのか?と突っ込まれると、困ってしまうが…。とにかくある意味でわたしたちの間には、信頼関係が生まれていたのだ。

広場にはいろとりどりのパラソルが広がり、みやげものをたくさん売っている。ちょっとしたものなら1ドルでOKだ。3ドル出せば、かなりアーティスティックなおみやげが買えてしまう。

先生に引率された小学生が明るい表情で歩いていく。ふざけあっている子供もいる。

空はどこまでも青く、ヤシの木が青い空に向かってまっすぐに伸びている。

「1950年代のハバナはそれはもう美しく、『カリブ海のパリ』と呼ばれていたんだ。でも今はもう…」

ある人はそう言って親指を下に向けた。

バスに乗り込むまで、1ドルコールは止まらなかった。いや、バスに乗ってしまっても、1ドルを求める人々の声は続いていた。

こんな状況を見て、人々が疲弊していないと言えるだろうか? 覇気を感じることができるだろうか?

バスの窓から見下ろす、距離をおいて、ガラスを通して見るハバナの街は、いっけん南国の香りに満ちている。石造りの建物のところどころに原色のペイントが施されたコロニアル風の街並みは、手入れさえすればきっと美しいことだろう。しかし明るい陽射しが照らせば照らすほど、状態の悪さが露見してしまう。

直すゆとりがないのだろう。爆撃を受けたかのように崩れ落ちている建物がある。壁の塗装も剥がれ落ちているものが多い。ほんとうは重厚な中世のスペイン建築、カリブらしい青、黄色などの原色のペイント、コロニアル様式の建物が三位一体となったすばらしい街並みのはずなのに…。

壁にトロピカルな色彩とデザインで書かれているスローガン。

「社会主義か死か」

「キューバは生きている。キューバは自由だ。キューバは成長する。そしてキューバは凱旋する。革命だ!」

「社会主義は生きている」

「フィデル(カストロ)といっしょに革命を推し進めよう」

見た目の明るさと、スローガンに書かれた決意とのアンバランスに戸惑ってしまう。

走っているクルマはハバナの風物詩になってしまった1950年代のアメ車と、旧ソ連製のラーダやモスコビッチ。

「あれはラクダ・バスと呼ばれています」

ガイドのナタリーが説明する。昨晩見かけた巨大なバスである。2台のバスを溶接し、乗車定員は300人だとか…。そういえば連結部分がへこんでいて、ラクダのようなコブがふたつあるように見える。

「エネルギー不足は深刻な問題で、公共交通機関の運行頻度はどんどん少なくなっています。一度にたくさんの乗客を運ぶために、考え出されたのがラクダ・バスです」

「エアコンはついてるの?」

あんまりいい天気で、脳ミソが溶けてしまった誰かが質問した。

「そんなもんありません」

ナタリーはムッとしながら否定した。

そしてキューバ独立の父、ホセ・マルティ記念館へ。記念館の向かいには、わたしの理想のオトコ、チェ・ゲバラの顔の巨大なオブジェ(?)が貼りつけてあるビルがあったが、「1ドルコール」を一身に浴びてしまったいま、彼の功績を称える気持ちになれない。記念館の内部は寒いほどエアコンが効いていた。

わたしはすっかり無気力で、ネガティブな状態になっていた。革命から40年近くが過ぎたいまのキューバの貧しさをどう説明したらいいのだろう。観光客ばかりがゴージャスなホテルに泊り、食べ物が溢れるレストランのブッフェで食事をして、エアコンつきのバスに乗る。そしてキューバのひとびとはドルを求め、観光客に群がる。

これでは革命前より悲惨なのではないか? 社会主義の限界ではないか?

わたしはたった半日の市内観光でキューバの現状がすべてわかってしまったような、すべてを見たような気になって落ちこんだ。

しかしもちろん、それは大きな間違いだった。

どっこい、キューバは生きているのだ!

次のエピソードを読んで謎を解く

キューバの写真 

旅行した時期は1996年10月〜11月です。



旅行して、どんな人たちと会った? どんな体験をした? 何を感じた?
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