ホーム> 60日間のラテンな旅行体験記
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やさしくて陽気なタクシー・ドライバーたち |
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若い男のコが紙コップをたくさん乗せたトレーを持ち、人混みをうまくすり抜けながら「ウェルカム・ラム」を配っている。。到着した観光客に無料でラムを飲ませてくれるのだ。もうわたしのアタマのなかでは「チャチャッチャ、チャンチャ」と明るいメレンゲのリズムが鳴っている。ラムといえばメレンゲ、メレンゲといえばラム、このふたつは切っても切れない関係にある。 以前に比べてかなり観光客が増えているようだ。それなら、以前はなかったツーリスト・インフォメーションが空港に新設されているかもしれない。できれば空港でホテルを予約しておきたいと思った。 「インフォーメーションはあっちだよ」 あっちに向かったが、それらしきものはない。 「あの、インフォメーションは…」 と別の人に尋ねると、別の場所に連れて行かれた。 「インフォメーションを探しているんだけど…」 次の人はまた別の場所へ連れて行こうとする。 着いたところはタクシー乗り場だった。そこでは客をゲットするための激しい争奪戦が行われていた。一見して旅行者とわかるわたしは、あっという間にドライバーたちに囲まれた。 「ホテルの予約がまだなのよ! インフォメーションを探してるのよ」 そのなかのひとりに向かってわたしは虚しく叫ぶ。 「そんなの、ホテルに着いてからにすれば?」 誰かが答える。 それは予約とは呼ばないのだ。 ここでじたばたしても仕方ないので、とりあえずタクシーに乗ることにした。 荷物をトランクに入れ、ちゃんと閉まったか念のため確認する。たまにトランクのカギが壊れているから、ホテルに着いたら荷物がなかった…なんてことにならないように。 さあ、出発!と思ったら、デカいオトコが乗り込んできた。 「彼もサント・ドミンゴに行くところなんだ。いっしょに乗っていってもいいよね?」 ちょっと気の弱そうなドライバー君が言う。 「お金、払ってくれるの?」 「いや、ぼくはただ乗っていくだけ。だってぼくもタクシー・ドライバーなんだ」 今度は本人が答える。意味不明だがまあいいだろう。なんて鷹揚なわたし。 「空港のあたりは涼しいけれど、街に入るとどうも暑くて…」 サント・ドミンゴ市内に入ると、ドライバー君はエアコンのスイッチを入れた。 ラス・アメリカス国際空港は首都サント・ドミンゴから30キロほど離れている。街からは遠いが、海沿いの道を思いっきり飛ばしてくれるのでとても気持ちいい。左側にはターコイズ・ブルーのカリブ海が広がり、ヤシの木の葉は風にそよぎ、こわいくらいに空は青い。全開にした窓から入ってくる空気は新鮮だ。ラジオから流れてくるメレンゲはそんな景色にピッタリ。 が、街に入ると空気が重く感じる。ほこりとガソリンが混じったような匂い…。クルマが前に進まないと、すぐにクラクションが鳴り響く。信号無視をしないよう、交通整理をする警官。その脇を歩行者が機敏に斜め横断していく。ドミニカ人は運動能力が高いのだ。 タクシーのエアコンはガンガンに効いた。こういうときに「エアコン代」を請求するドライバーもいるんだけど、彼は何も言わない。 「もし部屋がなかったら、他のホテルを探さないとね」 ガイドブックを読んで目星をつけておいたホテルの前にクルマを停めると、そう言いながらドライバー君はいっしょに降りてきてくれた。 「予約してないんだけど…」 ホテルのポーターに告げたら、 「そーんなこと、全然かまわないよ」と返ってきた。 ホテルの予約は「着いてから」でOKであった。 このあたりでタクシーに乗るとき、ふつうお客さんは助手席に座る。ドライバーたちは制服は着ていないし、日本のように一見してタクシーとわかるようなクルマの塗装も施されていない(その代わりに「営業許可証」のようなものが目立つところに貼ってあったり、置いてあったりする。モグリで流しているタクシーも…)。 つまり女性がひとりでタクシーに乗ると、瞬間カップル状態になってしまうのだ。料金は乗る前に交渉して決める。 料金はまちまちだが、市内の近距離移動で30〜50ペソ程度(約270円〜450円)。 値切ればもっと安くなるだろう。しかしたった15分くらいとはいえ密室の中でカップル状態になるのなら、値切り倒して100円得するよりは、気持ちいい時間を過ごしたい。 「スペイン語ってすごく感じがいい言葉だから大好き!」 「ドミニカ人ってほんとやさしい人が多いよね」 「メレンゲのリズムって最高!」 これでだいたいドライバーたちはなごむ。お世辞ではない。ほんとのことなのだ。だからこそちゃんと言葉で伝えなきゃ…。 それに緊張しているのはわたしだけではない。いきなり正体不明の東洋人を乗せることになってしまったドライバーも、けっこう緊張しているらしいのだ。 「ゴメン、通り過ぎちゃった」 あるドライバーはそう言いながら、クルマをUターンさせた。 彼は寡黙なタイプ。いろいろ喋りかけてみたのだけれど、いまひとつ乗ってこない。固まったままじっと前を見つめてハンドルを握る。 クルマは郊外の畑のなかを走る。道の両脇には背丈以上にグングン育ったサトウキビ畑がどこまでも続く。 「ここでもし彼が襲ってきたら…」 彼のカラダはプロレスラー並みだ。 ヘンなことを考えそうになっては振り払う、の連続。目の前には強い太陽の光に照らされて溶けそうなアスファルトの道が続いている。そんなとき彼はクルマをUターンさせたのだ。 「君もとっても感じいいよね」 別のドライバー君はほめてくれた。 「ひとりで来ている外国人ってムスッと黙って座ってることが多いんだよね。気まずい雰囲気を何とかしようって思っても、会話が途切れちゃったりして…」 たくさん出会った感じいいドライバーたちのなかでも、彼は最高に親切でノリがいい男のコだった。 カーラジオから流れるメレンゲのリズムに合わせてハンドルを切り、大都会サント・ドミンゴのクルマの波をスイスイとすり抜けていく。わかりにくい目的地だったのにもかかわらず、あたりをグルグル回り、通行人にも場所を尋ねたりして、ちゃんと探し当ててくれた。 「君はどこから来たの?」 「名前は何ていうの?」 「どこでスペイン語を覚えたの?」 タクシーに乗ってうちとけると必ず聞かれるのは、この3つの質問。いや、ドミニカ共和国でタクシーに乗ったときだけではない。ラテン・アメリカの国々で、会う人ごとに聞かれる必須アイテムだ。 最近、東京あたりでは会話にムダがなさ過ぎるのかなあ…とふと思う。 サザエさんに出てくるような会話、「いいお天気ですね」「どちらまでお出かけですか?」なんてすっかり死語になってしまった。 歩くスピードも、喋るスピードも速くなり、全体的にテンポ・アップした。合理化されたけれど、どこかせちがらい。 タクシードライバーたちと何気ない世間話をしながら、いっけんムダと思えることが与えてくれるこころのゆとりや、すぐに去っていってしまうこの瞬間を楽しむことの大切さ、ちょっと照れてしまうけど、人のこころの暖かさ…なんてことを、さりげなく教えてもらったような気がした。 (1ペソ9円で換算) 旅行した時期は1996年10月〜11月です。 |
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