ホーム> 60日間のラテンな旅行体験記
インデックス>ヨーロッパ/アメリカ |
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夜行列車でのハプニング |
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イタリア語はスペイン語とよく似ているので、けっこうわかる。少なくともフランス語よりは、遥かにいける(なんて言ってるけど、行き先を尋ねられたのに、自分の名前を答えるという間抜け一幕も…)。 東山千栄子はスカートのジッパーを下ろし、思いっきりくつろいでいる。それぞれが夕食のサンドイッチを取り出すのを見て、わたしも取り出す。ミラノ中央駅で購入した、とても大きなスモークハムのサンドイッチである。 「おいしかったか?」 食べおわるや否や、最初、愛想がなかったおじさんが、わたしの顔を覗きこむようにして尋ねる。「よく食うなあ」と思っているのだろうか、「満足したか?」というニュアンスが含まれているような気がするんだけど…。デザートも持っていたのだが、なんだか取り出しにくくなってしまった。 9時半ごろに就寝の準備を始める。座席番号ではわたしが下段のベッドだったが、ハシゴの上り下りは大変なので、おばあさんは下のベッドに、わたしは上のベッドで寝ることになった。実はこれが運命の別れ道だったのだ。 「何があるかわからないから、貴重品は身につけておくんだよ」 隣りの上段ベッドでセーターを脱ぎながら、おじさんが言う。コンパートメントは鍵がかかるので、いつも衣服の下に収納しているパスポート入りの貴重品袋はバッグに入れ、カラダの横に置いて毛布をかければOKと思っていたが、その一言で方針を変更。いつも街を歩くときのように、貴重品袋を腹のなかにしまいこんだ。 おじさんは横になるや否や、漫画のようなイビキをかきはじめた。鼻がつまっているのだろう、口で息をしながら、爆音をたてる。これじゃ眠れないなあと思っていたが、いつのまにかウトウトしていたようだ。 何かがぶつかる音がして目が覚めた。寝ぼけていたので、朝が来て車掌さんがベッドを直している音(夜行列車では、朝になると車掌さんがベッドをたたみ、寝台を普通の客席に早変わりさせる)だと思った。 「わたしのバッグが…」 おばあさんの声が聞こえてきて、やっと何が起こったかがわかった。 「泥棒だ!」 そう叫びながら、隣りでイビキをかいていたおじさんがハシゴを駆け下り、コンパートメントの外へと走り出していった。しかし、しばらくして戻ってきたおじさんは肩をすくめた。 「捕まらなかったよ」 おばあさんは、「奥さん、失礼します」という声が聞こえたので、コンパートメントの鍵を開けてしまった。すると何者かがいきなり飛び込んできて、彼女のバッグをつかみ、逃げていったのだという。一瞬のできごとだった。 「犯人たちはナポリ駅で列車に乗りこんできたようだ。どうもグループだったらしいよ、隣りのコンパートメントでもやられたって言ってたから…。で、非常停止ボタンを押して列車を止め、外へ逃げていったのさ」 おじさんが説明する。 「身分証明書は入っていたんですか?」 おじさんがおばあさんに尋ねる。 「身分証明書は入ってないけど、家の鍵が…」 おばあさんが小さな声で答えた。コンパートメントは重苦しい雰囲気、みんなほとんど喋らず、眠ることもできず、暗闇のなかでじっと座っていた。 「ねえ、だから言っただろう。注意しろって」 おじさんはわたしの目をじっと見ながら、ジェスチャーだけでそう伝えた。アマゾンの虫刺され跡がまだかゆい。こんな遠くまで来たのに、まだかゆいのはなぜだろう。そんなことを考えているうちに、また少し眠ってしまったらしい。おじさんも横になっていたが、もうイビキはかかなかった。 おばあさんたちは何もなかったかのように、にこやかな顔で座っている。うーん、切り替えが早いイタリア人…。 「で、あなたはどちらに行かれるんでしたっけ?」 おじいさんが尋ねる。 「タオルミナです」 「ああ、あそこはいいところです。山の上にあるリゾート地ですから、駅前からバスに乗ったほうがいいですよ」 おじいさんは、親切に教えてくれた。映画『グレート・ブルー』のロケ地として有名になったタオルミナ、わたしも映画に感動したのでこの町を訪れることにしたのだが、あまり詳しいことは知らなかった。 彼らはタオルミナから50キロほど先にあるカターニアに行くのだそうだ。わたしたちは固く握手を交して別れた。 旅行した時期は1996年10月〜11月です。 |
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