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01/14/2003


到着〜外灘


−1日め−

<上海浦東国際空港着>

到着したのは、1999年に開港したばかりの浦東空港。ピッカピカの新しい空港で、「上海に着いたんだ!」っていう興奮もないし、旅情もまったく湧いてこないんだよね。入国審査もあっさり終わって手応えなし。ホテルの予約をすることにした。

構内にホテルやツアーの予約カウンターが並んでいる。たいてい、その前を歩いていると、お声がかかるから、一番最初に声を掛けてきた人のお薦めホテルに泊まろうかなって、漠然と思ってた。声を掛けてきたのは、フツーのおにいさんで、彼が契約しているらしいホテルを勧める。ガイドブックを見て、泊まりたい!って思ったホテルじゃなかったけど、ま、いいか・・・。でも、値段交渉に入ってから、中国元を持っていないことに気付いた。ほら、無国籍な空港だから、自分が上海にいるっていう実感がないの。

両替して戻ったら、彼はいない。それなら、別のホテルにしよう。ブラブラ歩いていたら、別の若い男のコが声を掛けてきた。今度の彼のところは、リストから好きなホテルを選べるタイプ。予算を告げると、「ここは、どう? こっちはどう?」と、いろいろホテルの名前を挙げる。いくつめかに出てきた、YMCAにすることにした。YMCAっていっても、ドミトリーだけじゃなくて、個室もちゃーんとあるの。さすがにね、この期に及んでドミトリーはきつい。中洋折衷建築で、エキゾチックらしい。

「留学生?」と、彼は日本語で尋ねた。留学生にしては、かなりトウが立っているわたしに、そう訊いてくれたのは、歓迎のしるし? 彼、とーっても親切で、リムジン・バスの乗り場まで案内してくれて、「ここで降りてタクシーに乗るように」と、降りるバス停と、バスとタクシーの料金まで、ちゃーんと漢字で紙に書いてくれた。始めよければ、終わりよし。いい感じに始めさせてくれた彼に感謝!

「延安中路、延安中路・・・」。
彼の発音を何度も繰り返し口の中で練習した。バスに乗って、料金係の女性がわたしのところに来たとき、自信を持って言ってみたけど、通じなかった。がっかり・・・、仕方なく、紙を見せる。

バスの中は、Tシャツも脱ぎたくなるほど、暑かった。1時間くらい乗って、何個めかのバス停で、乗客がまとまって降りる用意をし始めたので、さっきの料金係のおねーさんに「ここ?」と目で訴えたら、「あなたが降りるのは、ここよ!」と、わかりやすいボディランゲージで返ってきた。

せっかくタクシーの料金を教えてもらったけど、歩くことにした。とにかく暑くて、珍しく乗り物酔いしちゃった。

<街中へ>
「YMCAは、『大世界』の近くにあるんだよ」と、空港のおにーさんは言った。地図で場所もチェックしてくれた。道行く人々に、「大世界」と書いた紙を見せると、みんな一様に同じ方向を指差す。その方向に向かって、延々歩く。自分がどこにいるのかわからないのがちょっと不安だったけど、歩いていると、エネルギーが生まれるの。午後の上海。雑貨屋があって、店先に公衆電話がある。その脇に路地があって、洗濯物が干してある。それだけのことなのに、ワクワクしてくる。歩いていたのは、「威海路」っていう道。

「上海大劇院」を通り過ぎ、「人民大路」という大通りに入り、「人民広場」の地下鉄の駅があって、やっと自分がどこにいるかわかった。歩道橋の上で、レズビアンのカップルとすれ違う。オールバックにして勢いよく歩く男性役、大きなボタンがついたノスタルジックなコートを着て、アップに盛り上げた郷愁を誘うような髪型の女性役が、しあわせそうに歩いていく。脇には、「大世界」の租界的レトロな建物。目線の先に、YMCAの中洋折衷超エキゾな建物が現れた。1930年代、この街に暮らした川島芳子は、「僕、君」と、男言葉で話したんだってね。上海。

<YMCA>
魯迅も泊まったというクラシックなホテル。好みでした。詳しくは、ホテルリストをチェック!

<外灘(バンド)へ>
ホテルに荷物を置いて、いざ!街歩きへ。キュンと空腹を感じたので、とりあえずファースト・フード系の中華料理屋に入った。カーネル・サンダースの中国版みたいなおじさんの顔のイラスト付き看板が出ていた、永和大王というお店。ラーメンが8元、小籠包が6元。後々いろいろ食べてみると、ここは値段の割にはそんなにおいしくなかった。

地下鉄の人民公園駅から、外灘に向う道は、歩行者天国になっていた。南京東路っていう繁華街。あんまり垢抜けてなくて、ありとあらゆる種類のお店が並んでて、すっごい活気。この通り、なんとなく気に入っちゃって、上海滞在中は、ほとんど毎日、行ったり来たりしてたんだわ。で、必ず外灘へ向った。

人民公園駅から南京東路を20〜30分歩くと、左側にシティバンクがあって、中山東一路という大きな道に突き当たる。そこが外灘。1900〜1930年代に建てられたという、アール・デコなど当時のさまざまな建築様式を取り入れた威風堂々とした建物が並んでいて、壮観。ウワサには聞いていたけど、いざ目の当たりにすると、迫力あってね、言葉を失っちゃうくらい。とてつもない威厳、当時の欧米の列強たちの力を、これでもか!とばかりに、見せつける。

余談だけど、シティバンクって、花旗銀行って書くのね。なぜ???

中山東一路の向こう側は黄浦江という大河、その川べりが公園になっていて、20世紀前半の租界時代の上海と、川向こうの浦東開発地区、超高層ビルが立ち並ぶ近未来的風景が向いあう。観光客や、地元の人々がたくさん、そぞろ歩いている。時々、立ち止まって、浦東の高層ビル群を見る。外灘に目を向けている人は、ほとんどいないんだよね。みーんな浦東のほうを向いて、写真を撮る。

過去と未来に挟まれて、川べりの公園に沿って、北へ向った。向かうは、1930年代、伝説の女スパイ、川島芳子が定宿としていた、上海大廈・・・。

<上海大廈>
上海に行ったら、ぜったい泊まろう!と決めていたのがここ、上海大廈(シャンハイ・ダーシア)、かつての名をブロードウェイ・マンションズという。イギリス人建築家フレッシャーによって1930年に着工、1934年にホテルとしてオープンし、当時は外国人銀行家や、実業家などで賑わっていたという。

で、時は流れ、21世紀。この風格ある歴史的建築物の前に立ち、わたしはちょっとひるんだ。いつものことだけど、どーせなら、もっとちゃんとした服を着て、この場にいたかった。バックパッカーの10年後みたいなナリして、「明日の晩、部屋空いてますか?」とか訊くの、やだ。でも、動きやすさを優先しちゃったんだから、仕方ない。泊まらないで、帰るのもくやしいし。

そんなわたしに対しても、フロントの青年は、あくまでも丁寧だった。でも、丁寧過ぎないところがいい。お部屋の値段は、細かくカテゴライズされていた。スタンダードだけでも、川(黄浦江)が見える低層階、川が見えない低層階、川が見える高層階、川が見えない高層階・・・。せっかくなので、スタンダードの中では一番いいお部屋、「川が見える高層階」を選んだ。

できれば、「ディスカウント」という言葉は口にしたくなかった。でも、言えば下がるのがわかって、みすみす逃すのも・・・。

「さっき提示した値段は、すでにディスカウントしてるんですよ、ほら」。
と、フロントの青年は、印刷された価格表を見せてくれた。この時点で、もう定価がいくらかは、どーでもよくなっている。802元+15%(約13300円)で、OK!

明日の宿を確保して、外に出ると、もう暗くなっていた。ちょっと気になって、ホテルの裏にまわると、レンガの建物に挟まれた小道がある。その短い道を歩いていたら、ふっと過去に引き戻されるような感覚につつまれた。1930年代半ばの上海。「夢の前借り」をし、ジャズに明け暮れた『上海バンスキング』たち。東京の冬、青年将校たちのクーデター、そして、激化していく太平洋戦争・・・。将校たちの靴音が聞こえたような気がしたのは、幻聴?

関連リンク ホテルリスト

<夜の街歩き>
幻聴が聞こえたような気がしたのは、とーっても寒かったからかもしれない。外灘に戻る橋の上で、洗面器状の容器に面妖な黒い液体をなみなみと入れ、「おでん」のようなものを売っているおばちゃんがいた。おいしそうだったので、うずらの卵を一串買って食べた。食べ終わって、気ついた。さっき、上海に着いたばっかり、お腹も慣れてないことだし、直接、おつゆに触れる「うずらの卵」じゃなくて、「殻つきのゆで卵」にすればよかった。

一時的に暖かくなったけど、すぐ寒くなったので、今度は屋台のトウモロコシを買って食べた。お祭りの焼きトウモロコシをイメージして食べたら、ほにゃっと柔らかかった。この後も、何度かトウモロコシを買って食べたけど、みーんな柔らかかった。そういうもんなの?

それでもすぐ寒くなったので、服を買うことにした。さっき通ったホコテンに、ジョルダーノがあったっけ。ユニクロもあったけど、値段は日本とほとんど同じっぽかったし、何も上海まで来て、ユニクロ買わなくてもね。ジョルダーノはちょうどセールで、900円くらいのナイロンのパーカーがあった。ご購入。

やっとちょっと暖かくなったので、今度は、ワトソンズに行き、コルゲートの歯磨き粉と、「保湿水」を買った。上海、とっても乾燥してるんだもん。アジアのマツキヨ?ワトソンズは、上海コギャルたちで賑わい、浜崎あゆみがかかってた。おっと、リップクリームを買うの、忘れた。

1年前に行った香港もそうだったけど、上海も日本ブームって感じがした。縁禄寿司はあるし(香港には、元緑寿司があった)、味千ラーメンっていう、逆輸入的日本の居酒屋っぽいラーメン屋は大繁盛してるし、ラジオではTOKIOの長瀬くんが出演してる番組やってたし、若いおしゃれな女のコたちは、東京チック。

YMCAの脇の路地は、『ブレード・ランナー』みたい。昔風のアジアン・コロニアルな長屋に、軒を連ねる羊肉屋。その昔、李香蘭が歌った『夜来香』を彷彿とさせるような、ノスタルジックな中国語の歌が流れる。路地の先には、林立する高層ビル。

上海に到着してからまだ数時間しかたっていなかったけど、あちこちで古いものを壊していることが、腹立たしかった。「なんで壊すんだ!」って、ずーっと思っていた。もうすぐ壊されてしまう原宿の同潤会アパートや、もうなくなっちゃった代官山の同潤会アパート。その舗装されていない道を歩く、靴の裏の感触を思い出しながら。

YMCAの並びには、凛として、朽ちていくのを受け止めているような、洋館の教会があった。その向かいは、すでに更地になっている。そこにあった「過去」を想像しながら、遅過ぎた上海を悔やんだ。

でも、ノスタルジックな中国語の歌を聞きながら、高層ビルの摩天楼を見て、すーっと納得した。ちゃんと理由は説明できないけど、古いものが脈々といきづいていることに、安心したのかも??? 着いたばっかりのときは、新しいものばかりが目についたけど、夜になると、生身の上海が見えてきたような・・・。


2003年1月現在、1元は、約14.5円です。


関連リンク なーんちゃって香港+広州

 


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