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12/13/1999 |
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メキシコ人のこころの町? グアナフアト | |
原色に塗られた色とりどりのコロニアルな街並が目の前に広がる。石造りの教会や建物も立ち並んでいて、中世のスペインに迷いこんでしまったような気にもなるけど、どこかが違う。(あんまり好きじゃない言葉だけど)無国籍的っていうか、新大陸にまるごとワープしたスペインの町に、メキシコのフレーバーをふりかけたみたいな、エキゾチックな雰囲気。ラテンアメリカの町には、よく「コロニアルな一角」はあるけど、町ごとコロニアルっていうのは珍しいと思う。で、このグアナフアト、ユネスコの世界遺産に指定されている。 町は2層構造になっていて、メインストリートの階段を下りると、地下道に出る。昔の地下水路を道路として使っているのね。スペイン的な石造りのトンネルの上に、鮮やかな原色で塗られたコロニアルな建物が並んでいるのもまたまたエキゾチック・・・。 マリアッチの歌声が聞こえてくる。ラ・ウニオン公園に面したホテルのレストランで、愛の歌を奏でている。マリアッチに取り囲まれているのは、若いカップル。"ボクのこころにあるのは、溢れんばかりの君への愛だけ…"なんて熱いラブ・ソングを切々と歌ってもらい、カップルの男性(秋元康に似ていた)は頬を赤らめ、「興奮度5」って感じだったけど、女性は意外に淡々とした表情。マリアッチはこの若いカップルのために、延々とセレナータを演奏し続けた。 マリアッチに歌ってもらうのって、(ランクにもよるけど)けっこう高いんだよね。大雑把に1曲500〜1000円くらい。30分以上は歌ってたし、上手だったし、ありゃけっこうお高そう。でも秋元康、お金持ちっぽかったし、「プロポーズの愛の印」だから、お金なんてどうでもいいか。 大勢の人が群がっている屋台をみつけた。堂々とした体格のおじさんが、見事な手さばきでチョリソ(腸詰め)や肉をみじん切りにし、柔らかいタコスの皮にはさんでいく。その手さばきにウットリ、どうしても食べたくなった。 メキシコに到着してすでに4日めだったけど、屋台の食事はまだ一度もしてなかった。未確認情報だけど、「メキシコじゃあ、屋台の食中毒で年間6万人が死亡」ってニュースを耳にしたことがある。でももう本能には逆らえなかった。ネギや豆、ハラペーニョなどすべてトッピングしてもらい、食べた。そしたら想像以上においしい。タコスの皮には適度なコシがあり、チョリソの味つけもちょうどよく、シャキッとしたネギの歯ごたえが気持ちいい。もう後悔なし・・・ね! <2日め> そして夜は「グアナフアトを歌い歩くツアー」に参加してみた。ホントは生のセレナータが聞きたかったんだけど、ひとりで寒い夜の道を歩くのもさみしいし、それでセレナータを聞けなかったら虚しいし…。 セレナータ(セレナーデ・小夜曲)は、夜、想いを寄せる女性の窓辺で、ありったけの愛をこめたセレナータを歌いあげる、ラテン・アメリカのロマンチックな伝統的愛の表現。自分で歌うこともあるし、マリアッチを引き連れていくこともある。女性の部屋の明かりがつけば、男性の愛を受け入れる、もし灯りがつかなければ、「あきらめて」というサインになる。こういうシーンは、テレノベラにもときどき登場するんだよね。 メキシコシティで知り合ったガイドのアルフォンソ君は、「都会ではもう聞かないけど、地方に行けば、聞けるかもしれないよ」って言っていた。 「グアナフアトに行くんだけど、聞けるかな」 「そりゃいい!あそこなら、きっと聞けるよ」 以来、知り合うメキシコ人に、セレナータについて尋ねまくった。 「セレナータなら、ボクも歌ったことがあるよ」 こともなげに言った男のコもいて、彼は「女性が受け入れるサイン」について、詳しく説明してくれた。 「女性の部屋に明かりが灯るっていうのがまずひとつだけど、女性が部屋の窓から顔を見せるだけでもいいんだ。昔は、女性が2階から顔を見せたら"本人はOK"のサインで、1階まで下りて顔を見せたら"両親もOK“っていう意味だったらしいよ」 芸が細かい…。ふだんはどんぶりなラテンたちが、こういうことになると妙に几帳面になるような気がする。 また別のメキシコ人は、花の色について教えてくれた。メキシコの男性は、愛の証を示すため、何かにつけて花を送る。そう、テレノベラでも、男性が女性に花を送るシーンは欠かせない。 「赤い薔薇は一番の愛の象徴、白い花は友情、青は悲しみ、そして黄色は愛していないっていう意味なんだ」 なるほど、赤い薔薇の花束は、ラテンのほとばしる愛のシンボルなのか。 「ところで、セレナータとボレロは、違うの?」 「そうだなあ、厳密に言えば違うのかもしれないけど、最近はほとんど区別していないみたいだね。ただ本当のボレロは3人組で歌うんだ。昔、トリオ・ロス・パンチョスって有名なグループがいたの、知ってる? だからルイス・ミゲルが歌っているのは、伝統的なボレロじゃないんだよね」 「じゃあ、マリアッチは?」 「ふつうはボレロやセレナータを歌うグループをマリアッチって呼ぶんだ。でも彼らが歌う歌をマリアッチって呼ぶこともあるしね…」 どうやらそのへんの区分けはあいまいらしい。わたしの印象では、マリアッチのほうがやや演歌っぽく、セレナータのほうがもっとロマンティックって感じ。 「最近は、女性が男性の家の前でセレナータを歌ったり、マリアッチに歌わせたりする『逆セレナータ』があるって、聞いたことがあるんだけど、ホント?」 「そうそう! あるんだよね、それ」 「夜のグアナフアトを歌い歩くツアー」の集合場所に行くと、ツアー参加者の目印として、1本の赤い薔薇、グアナフアトの町が描かれた陶器のペンダント、オレンジジュースが入った水差しをくれた。そう、やはり赤い薔薇は愛の象徴! 40分くらい遅れて出発。50〜60人の大集団が、昨日マリアッチの演奏を聴いたラ・ウニオン公園へ向かってゾロゾロと歩いていく。石畳の道、スペインを彷彿とさせる石造りの建物、夜になって静かに眠るコロニアルな家々、街並を照らすオレンジ色のカンテラの灯り…夜のグアナフアトは昼間と違うロマンチックな顔を持つ。 公園の前で待っていたのは、アコーディオン、マンドリン、ギター、ベースで編成され、お揃いのスペイン中世風の衣装を身につけたグループ。彼らがエストゥディアンティーナ(大学生音楽グループ)なのだが、やや老けている。元エストゥディアンティーナなのね。歌と演奏はマリアッチよりも力強い。スペインに"TUNA"って同じような学生音楽グループがあるんだけど、これが起源らしい。 しばらくすると、彼らは演奏しながら歩き出した。参加者は、歌いながら、ときには踊りながら、石畳の曲がりくねった細い路地を彼らについて歩いていく。歩くこと約1時間、演奏のフィナーレはグアナフアト大学前の石段を観客席代わりにして、大盛り上がり大会。 そして最後に「くちづけの小道(カジェホン・デル・ベソ)」を訪れた。ここは幅1m弱、人ひとりがやっと通り抜けられるくらいの細い坂道で、グアナフアトの超名所。むかしむかし、2階の窓から身を乗り出し、この小道を挟んでキスを交していた若いカップルがいた。でもお互いの両親は仲が悪いのを通り越して、敵状態だったのね。で、敵の息子と深く愛し合っていることを知った父親が娘を殺す…。そんな凄惨な悲劇の伝説がある小道なの(テレノベラの古典か?)。 ツアーの参加者は、順番にこの小道を歩いて下りる。すれ違うと体が触れ合うような細い小道は、両脇には白い壁の家が並び、カンテラの灯りが白い壁をほんのりとオレンジ色に染める。絶品にロマンティックな雰囲気なんだけど、ツアーのメンバーがぞろぞろと降りていくので、なんだか遠足の登山みたい…。グアナフアトはとっても治安がよく、夜のひとり歩きもだいじょうぶだから、個人で来たほうがいいかも…ね。 <3日め> ところで、このロマンティックなグアナフアトは、テレノベラのロケ地としても有名で、(99年前半に)話題になったテレノベラ "NUNCA TE OLVIDARE(絶対君を忘れない)"もここで撮影された。主題歌を歌っているのは、最近話題沸騰、エンリケ・イグレシアス! "3000年過ぎたって、誰かがボクの記憶を消したって、明日死んでしまっても、君のことは絶対に忘れない…"、と歌い上げるメロメロのラブバラード。こんなの窓辺で歌われたら、もう女冥利に尽きちゃって、果てちゃうかも…。 メキシコ人に、「グアナフアトに行った」っていうと、「そうか、グアナフアトに行ったのか!」って、大げさなリアクションが返ってくることが多い。「カンクンに行った」「オアハカに行った」って言ったときの反応より、こころなしか思い入れが入ってるの。グアナフアトは、もしかして、メキシコ人のこころの町なのかも…ね。 <グアナフアトのデータ> 観光的な見所も多く、銀で得た富を使って1903年に建てられた絢爛豪華なフアレス劇場、日本の大学と学術交流もしている1732年創立のグアナフアト大学、かつての駅舎を利用したイダルゴ市場、グアナフアトの代名詞ともいわれるミイラ博物館。ここには包帯に巻かれていないミイラが約200体も陳列されている。またバロック様式のサンディエゴ教会など長い歴史を持つ教会も数多く、メキシコが誇る壁画画家の巨匠ディエゴ・リベラの美術館もある。
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関連リンク グアナフアトの写真を見る テレノベラ ルイス・ミゲル エンリケ・イグレシアス
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