ホーム

今週の「な〜に言ってんだか」2006


飼いねこの写真を見る

作者プロフィール

2006年12月24日(日)2006年、好き!キライ!アタリ!ハズレ!
最近、洋楽で一番好きな曲は、MY CHEMICAL ROMANCEの"Welcome to the Black Parade"。http://www.mp3.com で、(タダで)聴けるのね。毎日、何度も聴いてます。 ^ ^

今年のコマーシャルで一番好きだったのは、富士フィルムの毎度おなじみ年末の風物詩、樹木 希林の「イナバウワー」。すごい!としか、言葉みつからず。次に好きだったのは、東京ガスの「ガスパッチョ」。特に「信長光秀篇」と、「小野妹子篇」が好き。小野妹子篇は配信終了になっちゃったけど、信長光秀篇は、オフィシャル・サイトで配信中です。
http://www.tokyo-gas.co.jp/channel/200ch/index.html

キライな言葉は「セレブ」。ホントにセレブなひとは、自己主張しないのよね、生まれたときから、セレブだから。本当に「セレブ」なひとは、「セレブ」と呼ばれて「まんざらでもない顔」しないでしょ。

3年前に買ったプリンタ+ファックス複合機が壊れた。「丈夫で長持ち」がモットーのわたしとしては、とっても不本意。でも、まぁ、その製品を選んだのはわたしだから・・・と、いったんは諦めた。でも、新しいのを買う前に、ダメモトと思って、メーカーのサポートに電話してみたら、無償で新しい機種に交換してくれるって。どうやら、設計上の不具合があったみたいなんだけど、3年も経ってるのに無償交換なんて、すごい。このメーカーには、とても好感を持ちました。ハズレ転じて、アタリとなるの巻。

他にもアタリとハズレは、いっぱいある。ハズレがあって、アタリがあるから、明日はどんなコトが起こるんだろう???って、ドキドキする。

年末年始は小笠原諸島に行く予定です。東京都なのに、竹芝桟橋から25.5時間の船旅。飛行機乗れば、あとちょっとでブエノス・アイレスに行ける。 ^ ^ 小笠原は前から行きたかったんだよね。今回、予約しようとしたときはすでに満室。これまたダメモトで、もう1度電話してみたら、たまたま1室空きがあった。

諦めないのは、大事だけど、諦めるのも大事。まずは、今年のお仕事を終わらせなくちゃ。

2006年12月9日(土)食べて、拍手して、食べて、拍手する毎日。
とりわけいいコトもないけれど、そんなにわるいコトもない午後。昭和に引き戻されたような、コンビニが見当たらない下町。昔ながらの電気屋さんに寄ってから、レトロな工場の角を曲がると、突然、ソープ街になった。そのど真ん中にある居酒屋さん。ここでは毎日、どんな人間模様が繰り広げられているんだろう???

東に向かって歩くうちに、日が暮れてきて、寒くなってくる。ドトールとかヴェローチェはないけど、交番があった。「ちょっと歩くと公園があるよ」と案内された。ここ最近の東京では、あまり行き当たらないような、かなり極限な「お手洗い」だったけど、コトを済ませて、公園を見渡すと、ぼーっとしてるおじさんがたくさんいる。積み上げられた空き缶。その脇に、無邪気にブランコをこぐ親子連れ。追いかけっこをするネコ。聴いているのは、ケータイのラジオ・チューナーでJ-WAVE。突然入る着信。むかしといまが、あっちにいったり、こっちに来たりする。

もっと東に歩いていくと、商店街があって、酒屋さんの前は人口密度が高い。一軒の簡易旅館。おばちゃんと「文明の進歩」について話した。「やっと使い方を覚えると、新しいモノが出てくる」とおばちゃんは言う。そうなんだよね、わかるひとには便利になってけど、「やさしさ」がどんどんなくなっていく。

商店街に戻って、とある路地。入っていくと、洋館のお風呂屋さんがあった。うっとりしながら、建物のまわりを歩く。のれんをくぐって、靴箱にブーツを突っこんで、扉を開けて・・・。それは幻想。どんなお風呂場があったんだろう。帰ってネットでチェックしてみたら、脱衣所も浴室もすばらしいんだってね。建てられたのは、昭和4年。アール・デコな銭湯は、東京にここしかないらしい。

「北めぐりん」というコミュニティ・バスを待ってたら、おじさんが歌いながら通り過ぎていった。歌ってたのは、石原裕次郎の『嵐を呼ぶ男』。

もうすっかり日は暮れていて、バスの窓から見る下町の、暗闇には、知らないことがたくさん潜んでいる。魔法にかけられたまま、「北めぐりん」は鶯谷駅に着いた。

閑話休題。今週のJ-WAVE、14:00からの「ランデヴー」は、パリから生中継!だった。ヘッドフォンからこぼれてきそうなパリのエスプリ! フランスの最近の曲もいっぱいかかった。パリで活躍する日本人女性にスポットを当てるコーナーがあって、登場した女性が語った言葉が印象に残っている。彼女は、パリで仕事をして、オペラ三昧、美食三昧してるんだそうだ。

「食べて、拍手して、食べて、拍手する毎日」。

こういう言葉でしあわせを表現するのって、初めてきいた。それから今までずっと、この言葉がアタマのなかをまわってる。ブラボー!が連続する毎日。そんなにすばらしいコトって、ない。

でも、パリに住まなくても、そんな毎日を送ることは、できそう。いま、ベランダの前のイチョウ並木は、見事に燃えたっている。


2006年11月19日(日)皇后様
休憩時間、お腹が空いてたわたしは、早く何か食べたくて、五反田のゆうぽーと簡易保険ホールの通路を駆けだしたい思いで歩いていた。目の前50cmには、いまだかつて見たことがないほどキメの細かい首筋の女性が歩いていた。「すっごいキレイな首筋!」。一瞬、空腹を忘れ、見とれた。首筋が斜め横を見る。神田うのだった。「こんばんは〜!」と言いながら、彼女が挨拶をした先には、森英恵。

まったく知り合いじゃないけど、モデルのマネージャをしていたころ、森英恵さんには、オーディションなどで、何度もお目にかかった。紀伊国屋の前に、黒塗りの「プレジデント」が停まり、そこから降り立った彼女には、威厳と気品と風格があった。成し遂げればいいってもんじゃない。そのうえ「品格」があるのだ。「ベンツ」じゃなくて、「プレジデント」なんだから。真の上流階級とは、こういうことか。

神田うのには、キョーレツな華があった。そーいえば、日拓の社長と結婚するんだよね。ワイドショーモード。

隣りのヴェローチェでタマゴサンドを買って食べ、席に戻る途中、会場から拍手が起こった。「神田うのが来てるから?」。そんなわけないよね。

「誰か来てる・・・いえ、どなたがいらしているんですか?」。
近くにいたひとに尋ねると、1秒間、間を置いて、厳粛な面持ちで答えた。
「皇后様です」。

答えてくれたお礼を言うのも忘れ、貴賓席を仰ぐと、そこに皇后様はいらっしゃった。「現人神」という言葉を思い出した。仏様のような穏やかなお顔を拝見し、拝ませていただいた。日本で一番高貴な方・・・。身に余る光栄とは、こんなときに使うのだろう。

その公演は、ローラン・プティの「ソワレ」です。草刈民代の魅力も、また、ものすごい。

「大変なコトが起きた!」。
五反田駅に向かいながら、母に電話をして、熱狂覚めやらぬライブ報告をした。話しながら、簡易保険ホールの前に、「プレジデント」が停まっていたのを、思い出していた。


2006年11月12日(日)無鉄砲大将
ブラジル映画を見ようと、渋谷に行った。ディスカウント・チケットのお店でタイトルを告げると、店員の女のコが残念そうに言った。「それ、もう終わっちゃいましたよ。シネマ・アンジェリカで公開していた作品ですよね」。最近、公開になったばっかりだと思ってた。時が流れるのが早過ぎるのか、それとも・・・。呆然としているわたしをよそに、女のコはチャチャチャッとスケジュールを確認し、「そうですね、11/3で終わってます」と告げた。

すっかり「映画を見るモード」になっていたので、散歩して帰る気にはならない。コンビニで雑誌の映画スケジュールを立ち読みしたら、なんと!シネマヴェーラという映画館で、鈴木清順の特集をやっている。次の回まで30分ちょっと。運命だ。

彼が監督した『ツィゴイネルワイゼン』という映画を見たとき、それまでわたしの中にあった「映画」という概念(おおげさ!)は、根底からひっくり返った。もうちょっと正確に言うと、見ている最中も、見終わってからも、何が何だかわからなかった。ただ「果物は腐る直前がおいしい」というような意味のセリフと、今まで体験したことのない美しさが残った。後になってみると、体験したことがない美しさが「清順美学」だったのだ。

1960年代、プログラム・ピクチャー(この言葉も懐かしい)全盛の時代、日活でメガフォンを取り、数々の傑作アクション映画を生み出した。が、1967年公開の『殺しの烙印』がキッカケとなり、「わけのわからない映画を撮る監督は要らない」と日活を追放になる。そして、その後は、ときに脚本を書き、ときに映画を撮り、ときに謎の老人役で俳優として映画に出演し、映画学校に関わり・・・。

「筋なんかは、どうでもいい」。
2003年、朝日新聞のインタビュー記事のタイトルだ。

「どうせ男と女が出会ってくっつくか別れるか、それしかないんだから。大事なのは、その中でどんな『趣向』ができるか。つじつまが合ってなくても、面白ければそれでいい」。記事は続く。

「筋なんかは、どうでもいい」と言い放つ!彼に、抱きしめたいような魅力を感じてしまうのは、なぜだろう。一見、一番大切に見えることは、本当は、本当に大切なエッセンスではない。そんなことだってあるから、かもしれない。

その日見た彼の作品は『無鉄砲大将』。1961年の日活映画。主演:和田浩二。正義感に燃える熱血高校生が、町にはびこるヤクザ組織に戦いを挑むのだ。映画の背景は、まだまだ貧しい昭和の日本。後の美学の原形となる片鱗は、陰影の表現にあったように思う。そして、ちょっと考える。2006年の11月に、鈴木清順を見ていることの意味を。

2006年10月29日(日)SHINJO
日本ハムが日本シリーズで優勝した。プロ野球は興味ないんだけど、優勝の瞬間やSHINJOのインタビューをニュースで見てたら、泣いちゃった。最近よく、「人間力」っていうけど、SHINJOってすごーく人間的な魅力があるよね。いい方向に持っていこうっていう、「良心」に溢れてる。自然に振舞って、人々にエネルギーを振りまく。あんな風になりたいな。

ここ数週間、慣れないお仕事してたら、疲れちゃった。感謝!感謝!なの。でも、数字がいっぱい並んでるのずーっと見てたら、外に出て、話聞いて、話して、未知のお店でゴハン食べて、ときどき散歩する、野放しの日々はかげがえがないって気づく。いつだって気は抜けないけど、たぶん今週から、いつもの日常に戻れるはず。そうなったら、しあわせがもっと満ちていく。そして、もう一度、感謝!する。

ティップネスの隣りにある、アンティークなカメラ屋さんはちょっと謎で、会員制。ウィンドウに並べてあるカメラが素人目にもタダモノじゃなくて、ときどき見てた。ある日、見慣れないモノクロの写真と、ガウディの写真集が飾られてて、思わずしゃがみこんで見た。

「そっちじゃなくて、こっちを見てほしいな」。
背後から声がした。モノクロの写真は、ゴダールの世界。60年代のパリ。
「この写真集を撮った人は、サン○○ーのコマーシャルを作って、一世を風靡したんだよ」。
一応、広告業界にもいたことあるんだけど、全然、知らなかった。
「ティップネスだってさ、サン○○ーの系列なんだよ、知ってた?」。

カメラ屋さんのオーナーとおぼしきその人は、「マニュアル的な笑顔に心は存在しない」とか、もう言いたい放題言って、店内に消えた。


彼とお話した5分くらいの時間も、暗示かもしれない。いつまでも、どこに向かっていくかわからない転がる石でいたいな。

2006年10月15日(日)
<この惑星>
ある台風余波の週末、七里ガ浜で波乗りをした。滅多にいい波は入らないけど、七里ガ浜って、湘南の文化の香り?!がクンクン漂い、山の中腹には、「アマルフィ」っていうレストランが見えたりして(うまく名前つけたよね)ホントに雰囲気がいい。ここにいつも波があれば、いいのに!!! で、帰りに鎌倉をお散歩。サイコー!の週末を過ごし、クルマに戻ったら、缶コーヒーのコマーシャルになっていた。この惑星の駐車違反はキビシイ。

1か月以上も音沙汰がなかったので、忘れられたかと思ってたら、世の中、甘くないわ。ちゃんと納付書が届いた。しかも、今月は車検・・・。

新橋の「りそな」は窓口が2階にあり、空いていた。外資系の銀行みたいね。ほどなく呼ばれ、とっても丁寧、暖かな感謝の気持ちをこめた対応をしていただき、「香味焙煎」コーヒーパック(2入り)のおみやげまでもらった。「また、お越しくださいませ」の合唱を背に、階段を降りる。この時期の駐車違反はイタイな。でも、長い年月「日本全国すべての道は駐車場」がモットー!?だったので、ま、一度、痛い目にあわないと、甘さは離れていかないでしょう。それにしても、罰金払ったたけなのに、こんなに歓迎されるとは思ってもみなかった。

<なんでもある>

隣りにあったコンビニが閉店した。最近、コンビニの閉店って、多い気がする。そういえば、コンビニの売り上げって減少傾向で、高齢者や女性向けに店舗開発してるとかって、記事が出てたっけ。「100円ショップができればいいのに・・・」って思ってたら、しばらくして夢がかなった。開店したのは99円ショップ。

果物、野菜、生鮮系食品から文房具、雑貨、ビールまで、あるわ、あるわ、なんでもある。ワンプライスじゃないので、バリエーションが豊富。モノによっては、スーパーのほうが安いけど、全般的にとってもロープライスだし、なんてったって!隣りだから、ホントに便利。しかも、24時間営業。「戦後最大の景気拡大、デフレ脱却か!?」って、どこの惑星のハナシ? 

<ジデジ>
地上波デジタルって、ホントに2011年に全面移行できるの? もしできたら、ウチの3歳の液晶テレビは、8歳で寿命を迎えるのか、チューナー買うのか??? 「丈夫で長持ち」がモットーなのに、不本意だな。前に使ってたケータイだって、「目覚まし」として第二の人生を送ってるのに。ちなみに、先々月買ったケータイにはテレビついてるけど「アナログ」。

会社のともだちとケータイの話をしてて、「地デジ」は、「チデジ」と発音することに気づいた。ずーっと「ジデジ」って聞こえてた。ま、考えてみれば、わざわざ「チ」を「ジ」に濁らせる必要性はまったくないんだよね。

<自転車屋さん>
今の自転車は、前に住んでいたマンションの近くのオリンピックで、引っ越してからほどなくの時期に買ったような記憶があるから、6歳位かな。自転車は走行距離がわからないけど、毎日、毎日、ずいぶんたくさん乗った。だいぶ前から、走るとチェーンがガチガチ音がするようになり、駐輪場のおじさんに「チェーンが緩んでいるから、2〜3個積めてもらうといいよ」と教えてもらった。で、近所の自転車屋さんに行ってみた。

「油を全然さしてない。これじゃ、ダメだ。定期的に油をささなきゃダメだよ。わかった?」。おじさんは、手際よく、油をさしたり、ナットをはずしたりしながら、説教する。

そうだ、油をさせばいいんだ。緩んでいたチェーンを元通りに戻してもらう。実は、もうたくさん乗ったから、買い替えようかと思ってた。中国の、修理屋さんが並ぶ街角が思い浮かぶ。機械やバイクや自転車を修理して使ってた。昔は日本だってそうだった。電池が寿命になったから、買い換える。そんな世の中になって、「そうじゃないよ、モノは大切に使わなきゃ」とか言いながら、まだ走れる自転車は、買い換えようとしてた。

おじさんはせっせと修理してくれてたから気づかなかったけど、わたしはとっても感激して、ちょっと、じわっときてた。町の自転車屋さんは、どんどん少なくなっていく。修理が終わった自転車は、はつらつと走った。まだまだ活躍できることを、心底喜んでいるみたいに。

2006年10月10日(火)銀座湯
ル・テアトル銀座に、木の実ナナと浅丘ルリ子の『伝説の女優』というお芝居を見に行った。かつてのライバル、でも今はふたりともすっかり忘れ去られている。知られたくない現実をひた隠し、互いの古傷に塩をすり込み、罵りあう・・・。セリフがストレートでホントにおもしろい!!! 「過去の人役」をサラッとこなす女優さん二人の懐の深さ!!! これからも毎年齢はとっていくけれど、目標は高く、カッコいい60歳台になれたらいいな・・・と思う。

時間が空いたので、散歩してたら、「銀座湯」から人が出てきた。こんなところに銭湯があるなんて・・・。コンビニでタオルを買って入ってみたら、いきなり番台におじさんが座ってた。テレビは白黒(調子が悪かっただけなのかもしれない)、体重計は小学校の身体検査で乗った「はかり」。「時間ですよ」の昭和に入りこんだ。意外だったのは、壁画。富士山かと思いきや、花火だったのね。それも、メリハリが効いたヴィヴィッドな色彩なの。

ル・テアトル銀座の裏口から出たら、方向感覚が反対になって?!そのまま歩いてて見つけた銀座湯。意外なコトとか、新しいコトって、こんなふうに、たまたま、何の気なしに、見つかるものなのかもね。いまはまだだけど、もしかすると「こっちに行くのかな」って予感が、ちょっとする。

2006年10月1日(日)巨万の富
ある雨の日、初対面のそのひとは、わたしの名刺をしげしげと見て、言った。
「24画ですね」。
「は???」。
「お名前の画数です。24画の人は、巨万の富を築きます」。
「巨万の富・・・」。
あまりにも日常生活とかけ離れた言葉だったので、わたしは口に出して、反芻した。巨万の富、巨万の富・・・。

「今は会社に雇われていても、事業を起こしたりして、巨万の富を築くのです」。
そのひとは、確信を込めて続けた。

今の仕事は旅だと、よく思う。知らない場所に行く。初めての人と会って話をする。縁があればお付き合いが続くし、そうでなければ、その場限り。土地土地にはおいしいゴハンがある。歩く。場合によっては、散歩になる。神社仏閣があればお参りして、好みな風景に行き当たれば、写真を撮る。意外な展開がある。蛇が潜んでいることもあれば、天使が降りてきてくれることもある。

でも、何より、サイコーにおもしろい!と思うのは、思ってもみないコトを言われたりする、こんなときだ。思いがけなく、魅力的なひとに会ったりする。もちろん、逆のこともあるけどね。そして、思わぬものを見つけることも・・・。

次回は、銀座でお風呂、「銀座湯」の予定です。

2006年9月17日(日)キャピトル東急ホテル→放浪記
仕事で何度も近くに行ったけど、中に入るのは初めて。もしかすると、むかし、おっかけのともだちに付き合って、入ったかもしれないけど、記憶には残ってない。キャピトル東急といえば、数々の大物ミュージシャンや、政治家が泊まったことで知られている。

「11月29日が最終営業日で、すべて取り壊しになります」。
とっても感じのいいコンセルジュの女性は、笑顔でそう答えた。築43年、建てられたのは東京オリンピックの年だそうだ。ただそこに立っているだけで、圧倒されるような重みのある内装。もうすぐ、ぜんぶなくなる。ロビーの喫茶店の脇にある日本庭園と、高層ビルのコントラストも、ビートルズが泊まった部屋も。

その後、帝国劇場で『放浪記』を見た。森光子さん86歳、上演時間3時間40分。しかもこの日は、1日2回公演。見るだけでも疲れるのに、満員の観客の前で演じるなんて・・・。

「昨日、たまたま筑紫哲也の番組に森光子が出てたんだけど、なんか疲れてるように見えたわ」。

休憩時間に外へ出てコンビニで買ったおにぎりを食べてたら、隣りにいた女性が言った。そういえば、そんな感じがしないでもない。暗示にかかりやすいもんだから、彼女の言葉を聞いて、劇場に戻って見る森光子さんは、なんだか疲れてるような気がして、心配になってきた。でも、今になって思えば、あの年齢で、あんなに迫力あるお芝居を見せられちゃうと、どっかでアラを探したくなるのかもしれない。

「だってあたし、もう86よ。いくら何でもムリでしょ、小学生の役は・・・」と言いながら、チケットレスでさっさと飛行機に乗り込むコマーシャル。あれ、最初に見たときは、ぶっ飛んだ。

森光子さんはすごい。でも、一般的にあんなにすごくは、なかなか、なれない。老化もくるし、衰えもくる。「20歳のときより、今のほうが精神的には強くなった。体力だってあるし」と思ったとしても、だいたい、それは幻想。「慣れ」ってものがあるから、生きていれば、多少はモノゴトに動じなくなるけどね。

「年寄りの冷や水」ってことわざを最近耳にして、なるほど・・・って思った。確かに年齢がすべてじゃないし、年取ったって、できることはいっぱいあるけど、あんまり張り切ると、痛々しかったりする。まわりから冷静に見てるとね。わたしの場合、比較的(かなり)自己主張が強いので、多少(十分に)気をつけたほうがいいかも。そもそも、パワーやエネルギーって、主張するもんじゃなくて、まわりがどう感じるか・・・じゃないかと思うのね。

ひさしぶりに見てみたら、花王アジエンスのラジオコマーシャルのサイトがいっぱい更新されてました。先達の女性たちの深くて見事な「叱る言葉」が並んでいます。しかもご本人の肉声が聞けます。それぞれすごいんだけど、特に、戸田奈津子さんバージョンが大好きです。

http://www.kao.co.jp/asience/radio/03contents/index.html

2006年9月10日(日)毒素
風邪をひいて仕事を休んだ。木曜日の朝、イヤな予感がして、午後に決定的になった。いまだかつてないコトだけど、有休は売るほどある。金曜日はお休みして、目が覚めてからずーっとJ-WAVEを聞いてた。午前中のクリス智子から午後のe-STATIONまで、途切れず、ずーっと聞いていられるのは、よろこび。絶え間なくしたたり落ちる?鼻水、水分はビールで補給した。天気よし。

土曜日は、ともだちと約束があった。せっせと生姜をかじり、はちみつを食べ、カレーでいつも以上に汗をかき、備えた。

「キャラに合わないわ。風邪ひくなんて、毒素がたまってるんじゃないの?」。

言われてみれば、思い当たるフシがないでもない。

毒素をためないようにすれば、ストレスがたまる。生活してれば、いろんなモノがたまってく。あとは、出すだけ。出たな!って実感したのは、RICKY MARTINの"MARIA"を歌ったとき。修行の余地ありだけど、中野のひなびたカラオケBOXで汗だくになって歌い、踊ると、悔いなし!ってミョーに潔くなれるから、不思議。

風邪ひいたおかげで、こないだ図書館で借りた林真理子の『アッコちゃんの時代』を読み終えた。200人待ちで、やっと順番がまわってきた。あの時代は懐かしいな。忘れてた固有名詞がたくさんでてきた。あのころ聴いてた音楽をかけながら読み、あのころいっしょに遊んだともだちを思い出し、あのころ食べたものが蘇る。

あの時代を体験できたのはよかったけど、戻りたいとは思わない。「アッコちゃん」周辺の人々には興味があるけど、彼女に魅力は感じなかった。あたしは、『モグラライク』の如く、掘り進んでいくのが好き。次は、『キャンティ物語』を読んでみようと思う。


2006年9月3日(日)キャロル久末さん!
1988年のJ-WAVE開局当時、彼女がナビゲーターとして登場して以来、ずーっとファン。長いこと、J-WAVEでいつも声を聞かせてくれていたけど、あるとき、潔く消えた。「帯の番組を持っていると、仕事が制限される」っていうのが、理由だったと記憶しています。そして、また現れた。今度は、INTER FMで。"ROCK UNLIMITED"という日曜日の番組を、毎週、毎週、楽しみにしてたんだけど、またしても忽然と消えた。年末、旅行から帰ってきたら、別の人の声が聞こえた。

ときどき、ネットで検索してみた。でも、わたしが求めている「情報」はヒットしなかった。たぶん「ヒットしない現実」は、彼女のメッセージなんだろうと、勘ぐったりした。検索の窓に、名前を入れるくらいで、何もかもわかると思うな!って。

昨日、ひさしぶりに検索してみたら、キャロルさんが書いた日経BPのコラムが現れた。ずーっと待ち望んでいた瞬間。

http://arena.nikkeibp.co.jp/col/20060602/116973/

「本物の人生」なんて、あたしにはおこがまし過ぎるけど、このコラムでキャロルさんが書いていること、「実体験に勝るものはない」っていうメッセージに、全身全霊で共感した。

今日は、この夏初めて、湘南で波乗りした。波は千葉のほうが全然いいけど、湘南の香りは何ものにも変えがたい。七里が浜の、あの開放的な駐車場が大好き。SADEの"PARADISE"がよく似合う。アマルフィっていうレストランの正面より、ちょっと江ノ島寄りで乗った。台風が近づいてきてる今日だから、もっといい場所はあったんだろうけど、ほんのちょっとでも波がある湘南で、波乗りできることがしあわせ。

右折で駐車場に入れなくて、渋滞してるなか、グルッとまわる坂道のバックミラーに映る湘南の海、1980年代に流行ってた曲、海に向かってクルマを停めて深呼吸するときの匂い、波乗りしててクラゲ?に刺されるチクッとした感触、そして、夕暮れが深く海の色を変えるときの絶望感・・・。

ネットじゃ体験できないもんね。

2006年8月27日(日)大連+ハルビン
「現地の天候によっては、成田に引き返す場合もありますので、予めご了承ください」。

成田と、機内で、同じアナウンスが2度流れた。富山に行こうとしたとき、大雪で着陸できなくて、羽田に引き返したことはあった。でも、大連なんだから! 上空まで行き着いて、引き返したりしたら・・・。が、乗客の反応は冷静だった。現地に着いてから知ったんだけど、霧で着陸できないことがけっこうあるんだってね。

離陸してしばらく経つと、そんなことはすっかり忘れ、飛行機はふわっと着陸した。大連のキーワードは連鎖街。サザンの『流れる雲を追いかけて』。ユーミンの『大連慕情』。時代がわかるよね。「ハルビン行きの列車」は満席で乗れなかったけど、内装が「木」のままのトラムに乗って、知らない町に行って、定食を食べて、ビールを飲んだ。そして、連鎖街だった場所・・・。

飛行機であっけなく着いたハルビンには、ロシアや日本の街並が残ってた。カラッと暑くて、空が真っ青で、真っ白な雲がちょっとだけ浮かんでて、その下に、昔の建物が「かなわないでしょ?」って、威厳をみせつける。

昔、日本人が住んでいた家には、表札の跡が残ってることがある。埋めても、まわりの壁と色が違う。いま、『流れる雲を追いかけて』を聞きながら書いてる。「連鎖の街」って聞くだけで、胸がくわっとして、昔に引き戻されそうになるのは、なんでだろう。

2006年8月6日(日)SUDDENLY I SEE
渋谷のクアトロに、KT TUNSTALLを見に行った。ある人は、彼女のライブを「地に足がついている」って形容した。このところずっと、「喋る言葉」について考えてたけど、「伝える力」を見つけた。今年いちばん好きな曲、彼女が歌う"SUDDENLY I SEE"は、何百回も聞いたけど、ライブで見ると、全然違った展開がある。「突然気づく」のね。つまり、目からウロコ。

もっと早く気がついてもいいことなのに、気がつかないことがたくさんある。小さなコトだと、せっせとクリーニングに出してたスーツが、実は洗濯機で洗えたり、PCとステレオを接続すると、ネット経由で聞いてた音や、録りためたMP3音源が、かなりいい音で聴けたり、あと、人間関係や仕事のコトでもね。この1〜2週間だけだって、突然気がついたことがたくさんあった。

遅れてた梅雨明けがきて、どこに行っても、夏が満ちてる。特に暑くて、天気がよかった日の夕方の匂いが好き。都心の夕方もいいしね、海から帰るとき、旧道の信号で止まったときの草の匂いもいいな。窓はずーっと全開にしておいて。

最近は、喋る言葉も大切にしたいと思うようになった。

会って、お話をする。そのいいところは、相手の反応をその場で感じることができること。感じ取れるかどうかは、自分次第だけど、カラダで感じる機会をもらえる。波乗りもそう。いい波に乗れても乗れなくても、手応えがある。ライブもそう。キラキラ輝く瞬間の重なりが目の前で繰り広げられる。辞書ひいて気がついたんだけど、LIVEって「人生を十分楽しむ」って意味があるのね。すごい! 


2006年7月23日(日)喋る言葉
こないだの3連休前夜・前半は、湿度と気温がぐーんと上がり、テンションも上がった。夜になっても蒸し暑い。東京がトロピカルになったのがうれしくて、エレベーターでひとりになると踊りだすくらい。短パン、タンクトップで中野を飲み歩く。なのに、最近の東京はすっかり涼しくなり、夏を飛び越して、なんだか秋になったみたい。

お風呂場のお掃除をする。ずっと気になってた天井と壁のカビを拭き、床を磨いた。ものすごくスッキリして、ちっちゃいながらも、しあわせだ。お風呂の掃除が終わって、映画を見た。ちっちゃいことでも、じっと見つめたり、視点を変えたりすると、こんなに深い。あとからあとから、じわじわしみてくる。

見た映画の紹介はこちら


ケータイを新しくした。6月後半から7月前半は、ケータイのことばっかり考えていた。ホントはauのウォークマン・ケータイがよかったんだけど、デザインがダメ。W42CAはデザインは大好きだけど、FMラジオがついてないのが致命的。W44Tはワイヤレス再生は魅力的だけど、これまたデザインがどーしてもイヤ。あちらがたてば、こちらがたたず・・・。決めたのは、W42Kのオレンジ色。使ってみて、いまいちだったのは音質だけ。

音質がよくないっていうのは、唯一にして最大の欠点・・・って言えないこともない。でも、お正月にMP3プレイヤーが壊れて以来FMラジオ一筋だったから、好きな曲をガンガン入れて、プレイリストも作れて、音楽聞きながらしっか
り着信も逃さないっていうのは(すでに当たり前なんだけど)すごいな・・・って思う。

ちなみに現在のプレイリストは、PUFFYのモグラライク、
倖田來未のキューティ・ハニー、ブリトニー・スピアズのTOXIC、シャキーラのHIPS DON'T LIE、KT TUNSTALLのSUDEENLY I SEE、フィンガー・ファイブの個人授業、浜崎あゆみのBOLD&DELICIOUS、ビヨンセのCRAZY IN LOVE。わかりやすいでしょ!?

BONNIE PINKのPERFECT SKYや、チャットモンチーも入れようと思ってる。ただ、LISMOは重くて、遅くて、曲の値段は高いし、互換性ないし、操作しにくい。今の世の中の流れだと、そのうち他のダウンロード・サービスと提携して、消えていきそうな予感。PCでダウンロードして、ケータイに転送できるのは便利だけどね。あと、アドレス帳のコピーをPCに転送できるのも、ありがたい。これで、水没しても、だいじょーぶ!?

前に使っていたケータイは目覚ましとして、第二の人生を送っている。2年半も使ったから、愛着があるんだよね。

最後に。「大好きな野球だったけど、やめることにしました。ごめんなさい」っていう欽ちゃんのセリフ、すっごく新鮮だった。こんなにシンプルで、おもいをストレートに伝える言葉は、最近、聞いたことがなかった。

お互いの利益のために・・・と言いながら、自分がメリットを得たい欲だけがギラギラ光り、自分の不利にならないように、揚げ足を取られないように、こねくりまわした言葉が、あっちこっちで虚勢を張る。当たり前のことだけど、言葉は人柄を表すんだよね。欽ちゃん球団が続けることになって、本当によかったなって思った。

振り返って、わたしが喋る言葉はどうだろう??? シンプルにおもいを伝える言葉を使っているだろうか???

次回も、もしかしたら、「喋る言葉 パート2」かも。

2006年6月26日(月)元ちとせ+写真在中
この2週間はかなり忙しかった。要領がよくないからか、やらなくていいコトやるからなのか、それともストレート過ぎる性格のせいか、つまり全部で、大回転状態。もうちょっとで忘れるところだった元ちとせのライブ。土曜日の夕方、自転車に乗って、中野サンプラザに向かった。

中野サンプラザまで自転車ですぐ行けるところに住んで7年以上になるけど、ライブを見るのは初めて。自転車でライブって新鮮。

すばらしかった。特に『いつか風になる日』と『死んだ女の子』は、感涙。CDやテレビ以上に、ものすごく伝わってくるものがあってね。これがライブの醍醐味だって、思う。2階席の真ん中くらいだったんだけど、サンプラザって客席の傾斜が急なのね。高いけど、距離感はあんまりなかったな。オーチャードの1階席の後ろだったら、そのほうがよっぽど。あと、2階席でお得だったのは、とってもキレイな照明を、俯瞰ライクで見れたこと。彼女とっても自然で、裸足だったしね。これはもうホントに感覚的なんだけど、たとえ室内でも、自然なひとが歌うと、海風が微かに流れていく。ジョアン・ジルベルトのライブ以来、ひさしぶりの体感。

サンプラザは1973年にできたんだそう。1階のホールには中野駅周辺の模型があった。知らなかったな。解体の計画もあるそうだけど、昭和は残っていてほしい。

白神山地ツアーで知り合ったひとから、写真が届いた。小学校の音楽の先生で、今はリタイアしている女性。とても綺麗な字の宛名の左脇に、「写真在中」って書いてあった。懐かしい響き。最近はデジカメばっかり、写真は添付ばっかりだったから。わたしが撮った写真も送らなくっちゃ。

5年ぶりにデジカメ写真をプリントしようとしたら、世の中は進んでた。会社の近くのFUJI COLORのお店に行くと、「機械」でプリントしたい写真を選ぶと、2〜3分でプリントが出てくるって言うの。しかも、出てきた写真は、ビックリ!なキレイさ。ちょっとギラギラしてるけど、粒子が細かくて、深みもある。

翌日、いざ送るときになって、プリントの枚数が足りないことに気づき、Googleの「マップ」でウチの近所の写真屋さんを検索し(プリントしないからね)、CDを持っていったら、こちらは1時間弱。で、仕上がった写真を見てみたら、二度ビックリ。ひと目で、仕上がりが違うのね。基本的に色がうすいの。今さらってハナシなのかもしれないけど、ネガの時代にはこういうことってあんまりなかったから。世の中複雑になり過ぎてるってよく思うけど、こんなにシンプルなことでも、「選択」って大事なのね。


2006年6月19日(月)大宮のシャワー
曇りの日、大宮から北大宮まで歩いた。帰りは電車に乗るつもりだったんだけど、結局、歩いた。大宮でお昼ゴハンを食べ、裏通りを歩く。去年の夏の終わりからよく大宮に行くようになって、早1年近く。そんなコトばっかりしてたような気がする。駅ナカのエキュート、いつも通るたび、豊かな国に住んでいるだって思った。キラキラ輝く、おいしそうなスウィーツやお惣菜が並んでて。お気に入りのカレー屋さんは、なくなっちゃったけど。

来月から、仕事のエリアが、また東京に戻る。この1年ちょっとの間、東京→神奈川→埼玉と動いて、ずいぶんいい経験をさせてもらった。特に大宮はホントに好きになった街。中仙道の宿場町の面影が残り、ちょっと猥雑、たくさんの人々が動く。なんとなくセンチメンタルなモードで裏通りを歩くと、雨も降ってないのに、シャワーを浴びているような気持ちになった。回数は少なくなるけど、また行くことはあるはず。そのときはきっと、とっても幸せになる。

日本はクロアチアと引き分けた。「ここで決めてよ!」ってシュートが2本くらいあって、残念! でも、川口君が言ってた。「失うものは何もない」って。

サッカーだけじゃない。何が起こるかわからない。いい方向に行かないかもしれないし、いい方向に行くかもしれない。それなら全力を尽くせばいい。つながっていくんだから。そして、大切なのは、こざかしくならないこと。失うものがないんなら、ストレートに行く。

2006年6月11日(日)トリニダード万歳!!!
ワールドカップ、トリニダード・トバゴVSスウェーデンは、すごかった。真夜中、寝ながら見てて「引き分けだ〜!!!いや、夢か???」。

朝、起きて、ダイジェスト版を見たら、ホントに引き分けだった。シュート打たれても打たれてもしっかり止めるキーパーをはじめ、あの気迫はすごい!!! なんでも、順位予想で最下位だったことで、トリニダード・トバゴ・チームは奮起したんだそう。首都ポート・オブ・スペインは大興奮、カーニバルのときみたいに、みんな踊りまくってる映像をテレビのニュースで見て、ジーンとした。なつかしいな。トリニダードのともだちに祝福メールした。

(日本の)テレビニュースのダイジェスト映像のBGMで、ちらっと、2001年のトリニダードのカーニバルで流行ってた曲がかかって、ビックリ! TRAFFIKというグループの"ACCIDENT"という曲。

不老ふ死温泉と新玉川温泉にツアーで行ってきた。たまたま出会った人たちから、いい話をたくさん聞いた。そして(いつものように)いろいろ考え、いつものように、運命的!と感じさせるような符号がある。

「何を信じるか?だ」。

というようなセリフが『ダ・ヴィンチ・コード』のラスト・シーン近くにあった。これも、わたしにとっては運命的。わからないことがいっぱいある映画だから、わかる部分だけであーだこーだ言いたくない。とってもささやかな日常だとしても、ほんの少しリンクする部分はあるはず。「神秘」と「謎」と「背景」は、終りなく続いていく。

ただ、ヒロインのソフィは、本のほうが魅力的だったな。この役をオドレイ・トトゥが演じるって聞いたときは、イメージピッタリ!で「やった!」って思ったんだけど、原作のソフィの魅力を充分に表現するには、2時間半は短すぎた。もう一度、オドレイ・トトゥをイメージしながら、本を読むっていうのもいいかも。


関連リンク 2001年ラテンな旅

2006年6月4日(日)移り変わる
ともだちのネコが20歳で亡くなった。彼女はよくホームパーティを開き、いつもおいしいゴハンをごちそうになっている。彼(ネコ)もいつもいっしょにいた。「お通夜」に集まったのは、彼が彼女の家に来たころと同じメンバー。何の進歩もなかったような気もするけれど、いろんなコトがあったな。大きな円を描いて20年が過ぎた。彼は人徳ならぬ、「ニャン徳」のあるネコだった。彼が生きていたとき、いなくなったいま、いっぱい教えてもらったことがある。ありがとう! そして、安らかに・・・。

ドイツに住んでいるペルー人のともだちに、子供が生まれた。メールでやりとりして、写真も送ってもらったんだけど、やっぱり生で気持ちを伝えたくて電話した。最近の国際電話って、近所みたいに音がいいのね。そのうち、飼いネコmimiを鳴かせてみたら、ともだちも上の子供を電話口に出してきたりして、何かミョーに日常っぽかった。何年かぶりで話すのに、距離感もなくてね。電話して、あんなに喜んでくれるのは、ホントにありがたいことだと思う。行きたくなってきたな、彼女が住んでいるドレスデン。

ウチの隣りにあった、昔ながらの中華料理屋さんが閉店した。日本煉瓦製造が自主廃業する。日本煉瓦製造は、ついこないだ、深谷市に行ったとき、見学させてもらって、旧事務所(明治21年に建設された洋館)や、ホフマン輪窯を見た。東京駅の赤レンガもこの会社が作ったんだってね。深谷には他にも誠之堂、
深谷商業、大谷家住宅など、味わい深い建物がたくさんある。深谷市は文化を大切にする自治体っていう印象が強い。だいじょうぶだと思うけど、この洋館や窯、決して壊されませんように・・・。

関連リンク 
深谷市のオフィシャル・サイト 深谷市内の国指定等の文化財


2006年5月28日(日)花日記
今年の3月下旬から4月にかけて、花日記をつけてみた。読み返してみると、覚えていることもあるけど、すでにすっかり忘れてることもたくさんある。ささやかなことばっかりにしても、忘れちゃうのはもったいない気もする。例えば川口のオートレース場の建物が、ロンダの闘牛場みたいに丸い壁だったとか、豊田のコニカミノルタ工場近くのバス停に、「かわいいね〜!」って言われると、ゴロゴロ転がっちゃうネコがいたこととか、ネコの飼い主のおばあさんと世間話をしている間にバスが行っちゃって、結局駅まで歩いたこととか・・・。

ちょうどそのころ、身近な人が亡くなった。彼とは特に親しかったわけじゃないと思ってたけど、亡くなってみて、ここの道をクルマでいっしょに通った、あそこの道を歩いた、あのお店でゴハン食べた、こんなことを話したって、たくさん蘇ってくる。あの日、新座で見た桜・・・。あたしはまだやらなくちゃいけないことをやってない。必ずしなくちゃ。


今年の桜は長かった。桜にも気の早いのとか、のんびりしてるのとか、さまざま。前は春になって花が咲いても、いつものことだった。でも、最近は、「あっ、また1年たって、花の季節を迎えられたんだ」っていう、照れくさいけど、感謝の気持ちを持つようになったような気がする。

いつも日記をつけていれば、しょーもないことでも、いっぱいいろんなコト考えてる、それが文字になって残っていくんだよね。だからブログが流行るのかもね。でも、ええかっこしいだから、本当の本音はブログには書けないな。それに、毎日、日記をつけるのは気合がいる。前に比べたら、このサイトを読んでいる人は少なくなっていると思うけど、それにしても、誰かに読まれることを前提に書くことと、雑感を書くのは違うからね。

雑感的に書くと、James Bluntの"You're Beautiful"はキライだ!寒いころからずーっとInterFMやJ-WAVEで流れてて、もう5月だっていうのに、いまだにけっこうかかる。"You're Beautiful"....なんて何度も何度も言ってないで、他の女を探せよっ!しかも、彼の新曲の歌いだしは、またまたビューティフル。彼の曲、かかると別の局にする。

ついでに。ゴールデン・ウィークは、東京+千葉で過ごした。小笠原に行こうかと思ったときには、時すでに遅し。現地に中2日しか滞在できない便しか取れなかった。小笠原って船で25時間半かかるんだよね。ちょっと足せば、ブエノス・アイレス行けるって。どうせ行くなら、中4日は過ごしたいな。1月にバリ行ったばっかりで、胸が高鳴るほど旅行したいってモードでもなかったし。そうこうしているうちに、ブエノス・アイレスに行きたくなってきた。

それはいずれ、ロングタームモードで近いうちに。千葉の部原は、水も砂も景色もキレイ。波はそんなにサイコーじゃなくても、気持ちいい。いすみ鉄道にも乗ってみた。岩盤浴、一度は経験でよかったけど、カラダ動かして汗かくほうがいいな。国会議事堂の参議院を社会科見学。完成は1936年なんだってね。こんな身近なところに、ゴージャスな超コロニアルがあった。恥ずかしいけど、今まで渋沢栄一を知らなかった。深谷に行くことになったとき、せっかく行くなら・・・と名所旧跡をネットでチェックしてて、初めて知った。第一銀行をつくった人。実は祖父が第一銀行勤務だったんだよね。なんとなく縁を感じて、飛鳥山の渋沢栄一資料館にも行ってみた。深谷の誠之堂を見学させてもらったときは、到着してすぐデジカメの電池がなくなっちゃったから、もう一度、また深谷に行ってみよう。

菖蒲町、深沢七郎の「ラブミー農場」。あそこがその場所だったのか、ちょっとビミョーだけど、それならそれでいいような気がする。"California Dreamin'みたいな空だったな。

知らないことばっかりだ。

加藤登紀子さんのインタビュー記事。『世の中が転機を迎え、未来が未知数であることがはっきり見えているから、何でもできるとわくわくしています』。彼女は今年のフジロックに出演するんだそうだ。すっごくカッコいい。


2006年5月1日(月)東京タワー
桜が咲くちょっと前、幡ヶ谷から笹塚を散歩した。まだ少し寒い夜だったけど、消防学校前の遊歩道を歩いた。ほんのかすかに、春のにおいがした。あの日、笹塚に行ったことに全然理由はなくて、ただなんとなく。きっと、プレリュードだったんだろう。

今年の桜は気が早く、3月下旬にはもう満開になった。気温が上がらなかったせいか、長持ちした桜が、ゆっくりゆっくり散り終わったころ、『東京タワー』が手元に届いた。図書館で予約を入れて、半年以上。こんなにページ数がある本、読み終えられるかな。最初のほうは、電車の中で、ちまちま読んでた。

嵐は300ページを過ぎたころ、来た。ティップネスでマシンをこぎながら読んでたら、涙が止まらなくなった。汗かいてて、よかった。ウチ帰って続きを読んだ。読み終わっても目が冴えて眠れない。外がじんわり明るくなった。次の日は、目が腫れちゃって人に会えるような顔じゃなかったな。こんなに泣いた本は、いままでにない。

本当に、ほんの少しだけでいいから、変わろうと決意した。ほんのほんの少し、変われたかもしれない。だとしたら、あとちょっとだけ変わりたいとおもう。

読み終わってから、2回笹塚に行った。「オカン」と「ボク」が暮らした街。彼らが住んでいた駅前のボーリング場のビルにも入ってみた。2回めは、快晴だ。消防学校前の遊歩道は、歩いている間にもさわさわ揺れる新緑が、その密度を濃くしていくみたいだ。「オカン」が愛した桜は散ったけど、いまはツツジが満開に近づいている、つぼみはムチムチしてて、咲いた花はピンピンしてる。

葉桜はきれいじゃないとおもっていた。でも、ほんのちょっとすると、こうして緑は深く繁っていく。ウチの部屋の前の街路樹の葉っぱも日に日に増えていて、太陽を浴びてキラキラ光ってる。

2006年4月16日(日)雄蛇ケ池
波はぐちゃぐちゃで、面がない。これじゃ入っても、ウェット洗う手間がかかるだけだにゃ・・・ということで、海には入らず、ショートトリップ・モードに入った。地元のスーパーに行くと、ミョーに空間が多い。壁が崩れた直後のプラハのデパートを思い出した。「ちくわ笛」になりそうな、長い立派な「ちくわ」を探してみやげ物屋に行くが、意中の「ちくわ」は、見当たらない。「ちくわ笛」って、「ちくわ」で笛の音が出るの。2月に新聞記事で知って、いろいろ探してるんだけど、最近のちくわはおつまみ系が多いんだよね。

雄蛇ケ池は東金市にある。いつも「雄蛇ケ池入口」の看板を見て、どんなところだろうと思ってた。1614年に灌漑用の貯水池として作られたという。「房総の十和田湖」とも呼ばれるって看板には書いてあった。期待して行くと、「あらら」かも知れないけど、ブラッと行ってみると、キレイ! 桜は散ってたけど、池のまわりに遊歩道もあるから、ちょっと歩いてみた。秋は紅葉がすばらしいんじゃないかな。釣りをしてる人がけっこういた。そのうち、日が暮れてきた。

で、いま、ネットで検索してみたら、心霊スポットのひとつらしい。書いてあった場所にも行ったけどね、いつもどおり何もなかった。

帰りは高速に乗らないで、ずーっと下を走ってみた。「中野操車場行き」のバスとすれ違ったりして、なーんか懐かしい感じ。地図見て行く!っていうのも、すごく新鮮! 仕事でクルマに乗るときは、ナビついてるから、迷わないのはいいんだけど、旅情は欠乏気味だからね。

J-WAVEを聞きながらクルマに乗っていると、いい歌や言葉がたくさんみつかる。今日のアジエンス、「叱る言葉」は笹本恒子さん。上品さと力強さ、ステキな女性。

知らないことがいっぱいある。このところ、やるせないことや不条理なことがたくさんある。いまのテーマは『モグラライク』。歌い終わりの歌詞が、サイコー!!!

関連リンク アジエンスのサイト http://www.kao.co.jp/asience/

2006年4月2日(日)越路吹雪物語

「よく勉強なさって、偉いわ」。
斜め前に座っていた女性は、幕が閉じると、言った。劇中は力いっぱい拍手し、幕切れにはスタンディング・オベーション! 照明が戻ってきて、彼女の横顔を見て、言葉を聞いて、そうか、この人は、生前の越路吹雪さんのステージに通った大ファンなんだ、と悟った。

舞台の後半は、越路吹雪のヒットメドレー。実際に越路吹雪のステージを見たことがあるひとは、その仕草に、昔に引き戻されるんだろうなって、想像した。

母も越路吹雪さんが好きで、ステージを見たことがあるそうだ。家には、『サントワマミー』のシングル・レコードがあったような気がする。ジャケット写真は鮮明に覚えているんだけど、もしかすると、後からつくられた記憶かもしれない。

『越路吹雪物語』を見ることにしたのは、ピーター(池畑慎之介)とわたしの中の越路吹雪のイメージが、ビシッと合ったから。それだけのことだったんだけど、予想外にどんどん拡がっていった。そもそも、岩谷時子さんと越路吹雪さんに永遠に失われない「絆」があったことさえ、知らなかったんだから。

岩谷時子さん役を演じた高畑淳子さんは、岩谷さんの印象を「生きた観音様のような上品な方」と語っている。「静」で地味、なのに絶対的な存在感がある岩谷時子さんを、ユーモアを交えながら演じる高畑淳子さんの存在感も、また、凄みがある

この舞台の原作になったという『夢の中に君がいる』という本を読んでいる。越路吹雪さんが海外旅行中で書いた日記と、出版社の倒産で陽の目を見なかった原稿と、生前の大歌手を知る人々の寄稿を中心に構成されている。岩谷時子さんの文章は、すごい。むずかしい言葉は使わないで、心を強く、強く、揺さぶる。電車の中で読んでいて、いきなり涙が出て、収集がつかなくなった。ほとばしる愛情を抑えて、スパッと切って終わる、そのキレ味に。

おおらかな時代、おおらかな人々に囲まれ、花開いた大輪の才能・・・。そんな言葉じゃ月並みかな。舞台を見たり、本を読んだりして、ステキだなとヒシヒシ感じるのは、おおらかさ。いまどきは、世の中がせちがらい。乾いている。それがときどきやるせないから、こんなにボロボロ泣いちゃうのかも、しれない。

2006年3月19日(日)『私の遺言』
中学生のころ、佐藤愛子さんのエッセイをよく読んでいた。『娘と私の時間』『娘と私のアホ旅行』などなど。理不尽な世の中をスパッと斬る切り口が、とっても爽快で、潔くて、大好きだった。

もう5年近く前のこと、ひさしぶりに佐藤愛子さんを読んだ。『血脈』。彼女が作家人生の最終章に渾身の力をふりしぼって書いた作品。「佐藤家の血」にまつわる、長い長いノンフィクション。体中から血が噴き出しそうな迫力だった。


『私の遺言』は、導かれて読みました。キッカケは偶然なんだけど、読み終わってみると、読むべくして読んだという気がした。たくさんの啓示に満ちていたから。去年の春に一度読み、暮れになって、もう一度読み返した。

『驚くべき超常現象に見舞われた著者による渾身のメッセージ』


『心霊世界の実相を伝えること、それが私に与えられた使命だった。』

『私は私の作家生活の最後に私の考えを披瀝しようと決心した。これから書くことは私がこれまで生きてきた七十七年のうちの、その三分の一に当る年月の経験によって得た知識である。黙って死んでいけばいいものをやっぱりいわずにいられないのは、それが今この国に漂っている不安と不満を拭うためのひとつの示唆になってくれればと思うからである。』

本の帯には、そう書いてある。

この本についてどう書けばいいのか、どんなことを書いても上滑りにしかならないのではないか。グルグルまわって、書きあぐねていた。でも、今日、あるニュースを見て、書かなくちゃって思った。どんなに非力であっても、どんなに小さくても。それはまるでサンボマスターの歌の歌詞みたいに。わたしも含めて、誰だってバランスを崩し、非人間的な行為に走る可能性はあるだろう。でも、そうならないように。いま、向かっていくべき方向を、この本が示してくれたから。

2006年3月12日(日)色のないモノクロ写真
「僕にとって平成以降の時代は色のないモノクロ写真のようだね」
先日、亡くなった久世光彦さんは、そう話したそうだ。

仕事が終わって外へ出たとき、お客さんとのアポが終わって最寄の駅に向かうとき、そんな気持ちが緩んだときに、何度も、何度も、この言葉が蘇っている。鼻がツンとするような感覚があって、ちょっと視界が滲む。「わーっ!」っと叫びたいような衝動がくることもある。

「言葉や写真として残されている物の陰や、行間や裏側に大切なものは姿を隠したままなのである」

久世光彦さんと組んで数々の名作を遺した、昭和を代表する脚本家であり作家である向田邦子さん。昔むかし、彼女のドラマを見たとき、さりげない日常に潜む人間の「こわさ」を突きつけられ、すーっと背筋が寒くなった。脚本を何冊か読んだ。彼女は「すごさ」をたくさん持っている。その「すごさ」のひとつは、行間と間に集約されている。誰かがそう言ったのか、それとも言葉より遥かに雄弁な「間」の存在に圧倒され、身動きがとれなくなったのか。

「行間」や「間」から、想いをめぐらせるのは時代遅れ??? だとしたら、今は本当に「色のないモノクロ写真」のような時代なのかもね。「行間」は確実に失われつつあると思うから。

神田須田町の「交通博物館」に行った。ときどきカビ臭くて、でも満ちていたのは、ものすごく懐かしい昭和のにおいだ。今年の5月には閉館になって、2007年10月にさいたま市で「鉄道博物館」として、オープンするんだそうだ。きっと、今どきな、キレイな「博物館」になるんだろうな。天井からぶら下がって展示されていたヘリコプターはどこへ行くんだろう。

新しいテクノロジーは眩暈がしそうなくらい開発されるけど、テクノロジーの陰や裏側に隠されている「大切にしたいコト」とは、何だろう。自分なりに答えを出したとしても、どこへ繋がっていくんだろう。そして、つながっていく先で、彩りを見つけられるだろうか???

久世光彦さんが亡くなったことで、いろんなコトを考えている。それはちょっとしたビッグバンみたいだ。

(久世光彦さんのコメントは、3月4日の日経新聞から引用しました)


関連リンク 有栖川の朝

2006年2月20日(日)ライブ・ランキング、そして『エロス+虐殺』
去年から今年にかけて見たライブを、むりやり?ランキングにしてみました。12月前半はライブ・ラッシュで、1週間ちょっとの間に4本も見ちゃったんだけど、見過ぎるとありがたみに欠けてくる・・・。月に1〜2本のペースがいいみたい。この春も、そそられるライブが目白押し! どれを見ようか迷うところでしゅ。

1位 上原ひろみ 
2005122日 AT ステラボール

「元気が出るピアノ」。コンサート会場のポスターには、そう書いてあった。そう、その通り! 生命力が弾ける。お尻と腰をフリフリフリしながら、鍵盤が炸裂する。ライブの最後のほうで、「たいへんなコトもいろいろあったけど、こうやってライブを続けることができてうれしい」というようなコメントがあった。「端っこの人、ごめんなさい。よく見えないでしょう」とも言ってくれた。わたしの席は後ろのほうの左端。その瞬間、上原ひろみと目が合った。ピアノだけじゃなくて、人間味が伝わってくる最高のライブ!でした。それにしてもドラムが卒倒するほど上手。人間業とは思えない・・・。

ユーミンが命名したという「ステラボール」で、今回初めてライブを見た。昭和40年代みたいな品川プリンス。迷路のような売店が並ぶトンネルをすり抜けると、21世紀に出る。タイムマシーンに乗ったみたい。

オマケ:「タイムマシーン」といえば、木村カエラが、サディスティックミカバンドのボーカルになるんだってね。これは一世一代の?ハマリ役!!!

2位 LISAの「かぜのおんがく」ライブ! 2005127日 AT 砧区民会館
NGO団体が主催するLISAのライブは、成城の小さな会場で、エイズ撲滅キャンペーンの一環として行われました。ライブが終わった後には、握手会。LISAといっしょに写真も撮ってもらったんだけど、舞い上がったわたしは、シャッター押してくれた人に、「シャッター」と「オフ/オン・スイッチ」を間違って教え、押したはいいけど、電源が切れ、気まずい雰囲気・・・。フラッシュをオンにするのも忘れたので、なーんかキレ味のよくない写真になってしまいました。でも、そんなことも、LISAの魅力が吹き飛ばす。「こころ」に満ちたすばらしいライブでした。

3位 坂本龍一 20051210日 AT オーチャードホール

ピアノだけのライブ。38列めだったけど、そこにいることがしあわせ。寝息が聞こえてきたり、自分もふっと眠りに誘われたりしたけど、とにかくきもちよかったな。まとまりのない?オヤジ・トークと、音楽の崇高さ!のアンバランスもステキ。花王のアジエンスの曲も坂本龍一だったのね。このコマーシャルは、最近いちばん気に入っている。緊迫感があって、新しい時代を予感させる曲。しかも、出演してるのが、チャン・ツィイーだもんね。「2046」見たとき、彼女の魅力にノックアウトされました。

余談だけど、アジエンスが提供しているJ-WAVEASIENCE SPIRIT OF ASIA)の番組は、選曲の趣味のよさもさることながら、コマーシャルもすばらしい! 特に、女性有名人が「叱る」コーナーが好き。戸田奈津子さんが、「しあわせ(満足感)は、自分自身が決めるものじゃないかしらね。それしかないと思うけどね」というような意味のコトを言い切るバージョンは、何度でも聞きたくなるほど気に入ってる。

アジエンスのサイトはここです。http://www.kao.co.jp/asience/

Radio」から入ると「叱る言葉」のコーナーがあります。現在はまだ戸田奈津子さんのコメントはアップされてないんだけど、中田久美さんのコメントも深い・・・と思います。

4位 RAUL MIDON  2006129日 AT SHIBUYA-AX 
J-WAVEの各ナビゲーターも絶賛につぐ絶賛、すでに伝説となりつつある大評判のライブ!です。全部、ひとりで演奏しているんだけど、音に無限の厚みと、拡がりと、温かみがあるんだよね。彼の演奏をライブで体感できたってことは、すごいコト。ギターはパーカッションにもなり、声はトランペットにもなる。いったいどうやって音を出しているんだろうって、ずっーと???でした。特に目を閉じると、彼の演奏はいっそう神秘的になり、ひろがっていく・・・。

AXは前代未聞?のスシ詰め状態。体をおもいっきり動かす音楽じゃあないから、ホールで落ち着いて聴くほうがいいのかも。

5位 M.I.A.    200527日 AT LIQUIDROOM
ラジオ(INTER FMだったかな?)で、公演日直前までライブの宣伝をしていた。「オープニングアクト決定!」とも言っていた。ってことは、チケット売れてないの?と思って会場に行ったら、混んでた。とっても個性的なひとびとが集まっていた。観客の個性は、最近見たライブのなかで、文句なくピカイチ! オープニングアクトが終わり、1時間くらいたって、やっと!本命のM.I.A.が登場した。で、1時間もしないうちにライブは終わった・・・。彼女、ホントにかわいくて、あの音がライブで見れた!のはうれしかったけど、いかんせん待たせ過ぎだし、短過ぎ。まだアルバム1枚しか出してないしね、フェスとかで、サラッと見たらインパクトあると思うけど、単独公演するのは時期尚早?とか思ったりしました。

残念ながらワースト1位
 m-flo 2005129日 AT ageHa@studio coast
夏に”BEAT SPACE NINE”がリリースになり、LISAが新曲で”LOVES”されてた。ってことは、今度のツアーはLISAが来るかも?って気づいたときには、武道館のチケットは後ろのほうの席しか残ってなかった。そして、さんざん悩み、CLUB DJ TOURのチケットを取った。

武道館が終わると早々に「GyaO」でその模様が流れた。LISA”come again”を歌い、m-floのふたりと抱きあうシーンを見て、「あのころ」が交錯し、人知れず涙した。当然、CLUB DJ TOUR にも、LISAが来るものだと信じていた。

LISAのライブで、come again...を歌って!って言ったら、オレたち出るからさ」。

オーディエンスの誰かが「LISAは???」って訊き、VARBALがそう答えたとき、その「瞬間」に向かって注入したエネルギーの行き場がなくなった。一揆を起こしたい気分。

たとえば、ビジネスでこういう受け答えをしたら、「仕事ができるヤツ」だと評価される。でも、このとき、LISAの「かぜのおんがく」ライブ!を思い出し、「こころの温度差」をヒシヒシ感じてしまいました。

m-floとしては、いつまでもLISAを期待されるのは、不本意だろう。VARBALの言葉には、苛立ちがあったように思う。でも、LISAがいたころのm-floを知っていて、あの!武道館の映像を見ていたら、理性はどっか行っちゃって、いま、自分がいる場所に、あのシーンが繰り広げられることを願う。それは自然なコトなんじゃない??? 

去年の彼らのライブも、同じageHaだったんだけど、感動的だったんだよね。でも、今回のライブは、入場時の誘導もホスピタリティなくて、イヤだったな。寒いのに、なかなか会場に入れなくて、CLAZZIQUAI PROJECTは見れなかったし、IDチェックしてた人は、目付きが鋭すぎる。ライブは全体の雰囲気で楽しむものだから、スタッフに「温かみ」がないのは、どうかな?って思う。セキュリティがきびしいのは仕方ないんだけど、「みんなでたのしもう!」っていうアットホームさが、絶対的に欠如してた。

ageHaは、ブルジョワジーのホームパーティを巨大化?したようなイメージ。メイン会場だけじゃなく、亜流系ROSE ROOMあり、プールもあって、そのまわりで好きなように踊ってて・・・。せっかく来たんだからしゃぶり尽くそうと思って、あちこち見てみた。例えば今が20年前だったとしたら、ageHaは、クラブの未来系・・・って感じね。あと、屋台でゴハン食べられるのがいいな。「ロコモコ丼 W/サルサソース」は、ボリューム満点!でおいしかった。でも、皮付きポテトまで頼んだのは、食べすぎ。

番外:エロス+虐殺
大正時代のアナーキスト大杉栄と、彼の愛人伊藤野枝の「虐殺」と、1969年の日本が交錯する・・・。高校生のころ、タイトルのインパクト!に惹かれ、背伸びして見たんだけど、なーんにも覚えていなかった。きっと、寝ちゃったのね。長くてむずかしい映画なので、すーっと眠気に引き込まれたりもしたけど、今回はほとんど起きてました。

ある時、この映画をふと思い出し、しばらくしたある日、ポレポレ東中野の前を通りかかった。上映スケジュールを見ると、この映画のタイトルがあった。「運命?」とか思って、見に行ったんだけど、深かった。大杉栄と伊藤野枝、もっと突っ込んで知りたい。

ふたりの「虐殺」を指示したとされる甘粕正彦は、後に満州に行き、上海で川島芳子や李香欄にも絡んでいたとか・・・。

関連リンク 上海〜魔窟を探して

2006年1月9日(月)新年はじまるの巻
あけましておめでとうございます。という挨拶もそろそろ時期はずれになってきましたが、また新しい1年がはじまりました。新年は、バリ島からの帰り、なぜか?飛行機を乗り換えることになったジャカルタ空港のロビーで迎え、初日の出は飛行機の窓から見ました。元旦に帰ってくるのは、アタリ! 飛行機からの初日の出ってなんかワクワクしたし、成田からの帰りの高速は渋滞まったくないし、実家に行けばすっかりお正月モードだし。^ ^

バリ島はサイコー!でした。往復の航空券と1泊めだけ予約して、あとはすべて現地調達だったんだけど、予想以上にうまくコトが運びました。思い立ってロンボク島にも行き、たくさんいい波にも乗れたしね。バリ島+ロンボク島旅行については、また来週アップする予定です。

さて、今年でホームページを開設して、なんと!10年めになります。当時はこんなに長く続けるなんて想像もしなかったし、こんなに「インターネット」という文明?が進化するなんて、想像できなかった。一般的にはどんどんネット寄りになっているような気もするけれど、わたし的には、尚一層アナログに向っていきたいと思っています。

なのになぜホームページを更新しているんだろうって、ときどき自分でもフシギになる。ネットの難破船にしたくないって気持ちが、まずある。いつかまた気持ちがネットに向い始めたとき、東京近辺の日常生活で撮っているたくさんの写真をアップして、特にスペイン語バージョンを強化したいっていうこともある。それと、文章にまとめるコトを考えながら生活するほうが、ちょびっとだけ、生きているのが深くなるような気もするから。

正直言って、旅行に関しては、書きたいと思っていたことは一通り、書いたような気がする。今回のバリ旅行では、旅行中、まったくと言っていいくらいメモもしなかったし、日記も書かなかった。今は書かないで旅行することで、開放感が生まれるの。残るものは残るし、忘れちゃうならそれでもいい。

このサイトを始めたキッカケは、ちょっと旅行や海外出張に行って、なにもかもわかったように話をする人が多かったから。実質的に「おまかせ」の旅行だったり、現地のコーディネータとかにほぼすべてアレンジしてもらってても、「わかった」って顔して話す。「そうじゃないでしょ!」って気持ちが強かった。ある人が「『わかった』と思ってしまったときから、旅は進化がなくなる」というようなコトを言ってたんだけど、本当にそうだと思う。たぶん、旅だけじゃなくて、すべてのことで。偉そうに言っちゃうと、わからないことをわかろうとすることで、どんどん興味深く、おもしろくなっていくんじゃないかと思う。あっちから見たり、こっちから見たりしてね。

10年で変わったことをひとつ挙げるなら、日常生活と旅行の垣根がとっても低くなったこと。知らない土地に行って、初めての人と話して、ちょっと歩いて、おいしいもの食べれば、それも「旅」だし、何度も行ってても、新しいものが見つかれば、それも「旅」。例えば、何度も何度も行った八丁堀でも、入ったことがなかった「お煎餅屋さん」で煎餅を買い、お店の由来や、ご当地のちょっとしたエピソードを聞けば、それだって「旅」。

世の中はブログが全盛だけど、今は興味ない。今のところ、ここで書いていることは「つぶやき」でいいって思ってる。だったら、ウェブ上にアップする必要はないようなもんだけど、ひとに見られることを意識することも必要だからね。ちょっとフィルターをかけて書く。ただでさえ雑念が多い性格だから、モノゴトがまとまりにくい。意識することで、ほんのちょっとまとまってくる。

フィルターがかかるということは、バーチャルになることでもあるんだよね。ここで書いていることは本音だし、本当にあったことだけど、それが「本当のコト」であっても、日常生活の一部を切り取ると、現実とはずいぶんかけ離れてくるということに気づいた。

基本的に「ええかっこしい」なので、現実のドロドロしたことは書かないんだよね。例えば仕事で怒髪天を突く状態になっても、人間関係でイヤなコトがあっても、匂わすくらいはするけど、細かいことは絶対書かない。過ぎていくことだから。実際のわたしを知らなくて、このページだけ読んでいると、どういう印象を持つのかよくわからないけれど、わたしの現実はもっとずっとずっと泥臭い。

更新を続けていて、ホント、おもしろいなって思うのは、本当なのにバーチャルなわたしがネット上に存在すること。これはやめられないっていうのが、更新する一番の理由かもね。

今年の抱負は、むかしのともだちに会うこと。今日は、もう気が遠くなるくらい会ってない、遠くに住んでいるともだちに長い手紙を書いた。長いこと年賀状のやりとりだけになっているともだちに、今年はホントに会いたいと思ってる。もっともっとアナログでいく。


もっと読みたい

 


http://megmimi222.hp.infoseek.co.jp/