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3/22/1999 |
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コロサル〜うたかたの町 | |
わたしが尋ねると、老人は神妙な顔をして言った。 「祈りなさい。神様はいつもあなたの隣りにいる」 コロサルというのは、わたしがハマったテレノベラ(ラテンアメリカの連続テレビドラマ)"LAS JUANAS"のロケが行われた小さな町。滞在していたカリブ海沿岸の大都市バランキージャから、バスで4〜5時間内陸に入った沼地にある。東京からバスでいくら走っても治安情勢が変わることはないけど、ここはコロンビア。バランキージャからコロサル方面に向かう道は「ゲリラ街道」と呼ばれていて、ゲリラによる強奪などが起きているという。 その話を聞いたとき、コロンビアに行っても、コロサルに行くのはやめようと思った。何もそんな危険を侵してまで、ドラマのロケ地を見に行くこたあない。でも現地に入ってみたら、状況はちょっと違った。確かにその道ではゲリラによる強奪は起きているけど、そんなに頻繁じゃないし、昼間ならだいじょうぶ…っていう話を耳にしたのだ。 それからわたしは会った人すべてに「コロサルに行く道は昼間なら安全だと思うか?」って質問をしまくった。かるーく20人は超えた質問相手の大方の意見は、「昼間なら95%はだいじょうぶでしょ」。ってことは、ロシアンルーレット状態で、20発にひとつ銃弾が入ってるってことか。 「みんな責任を取りたくないから、行かないほうがいいって言うのさ。でも毎日バスは走ってるんだし、たぶん大丈夫だよ。ただ誰かいっしょに行く人をみつけたほうがいいよ」。そうアドバイスしてくれた男性と、彼のともだちが、わたしの同行者になった。彼らもそのドラマ "LAS JUANAS" が好きだったの。そういえば、誰も「ゲリラはいない」とは言わなかった。 その朝、わたしたちは早起きし、バランキージャのバスターミナルに7:30に待ち合わせた。快晴。バスの前で記念撮影をし、いざ出陣だあ! バスの窓にはフィルムが貼られていて、乗客の姿が見えないようになっている。そう、顔が見えちゃうのはまずい。時にゲリラは政府にプレッシャーをかけるため、観光客を狙ったりするという。 「もしもゲリラに会ったら、ボクはカストロの甥っ子で、彼はアメリカに潜む共産党員。君は…そうだなあ、日本に隠れてた6番目のJUANA JAPONESA ってことにしたらどう?」 同行者のひとりエンリケは、冗談を言ってその場を盛り上げた。 しかし気が抜けるほどのんびりとバスは走り続けた。バスのなかでは、昔のアメリカのアクション映画のビデオが流れてるんだけど、これがおそろしくつまらない。拍子抜けしたわたしは思わず爆睡。それにしても「ゲリラ街道を走るバス」で「アメリカのアクション映画」って皮肉かしら。「アメリカの戦争映画」だったら、もっとすごいけど…。 4〜5時間して、コロサルに着いた。バスは町の中心地までは行かないので、街道沿いで降りて、しばらく歩いた。ドラマにはコロニアルでとってもキレイな家がたくさん登場したんだけど、その中のひとつ、見覚えがあるバルコニーがある。そして広場まで行くと見慣れた風景が続々、公園、カテドラル、主人公たちが住んでいた家々…。 でもこの小さな町を支配しているのは、果てしない倦怠感と閉塞感…。同行者のエンリケが道行く人に、ドラマのことを尋ねると、みんな教えてはくれるんだけど、必要以上のことは喋ろうとしない。彼らの短い返事のあとに真っ暗な闇が口を開けて待っているような気がするのは、ホントに気のせい? そしてめまいがするほどの暑さ。気持ち悪くなって倒れそうになるのは、内陸部で海からの涼しい風がないからでも、気温が高いからだけでも、湿気のせいでもない。沼地の底なし沼みたいな暑さは、どうしようもない閉塞感を増幅させる。よそ者のわたしたちに投げかける村人たちの無感動な視線、何をするでもなくただ日陰に座っている男たち…。 「ゲリラは最近どうですか?」 世間話やドラマの話をしばらくしてから、エンリケは水を買った雑貨屋のおじさんに質問した。あら、そんなこと聞いちゃっていいの? 「ゲリラか…。ゲリラねえ、まあ、たいしたことはないよ」 おじさんははぐらかした。お使いを頼まれたのだろう。中学生くらいの女のコが入ってきて、煙草を2本買っていった。 コロサルがあるあたりは、ゲリラの支配地域になっていると複数の人たちが言っていた。「ゲリラに掌握されている」っていうと、もうそのあたりゲリラだらけ…って風景を想像しちゃうけど、そんなことは全然ない。見た目にはコロニアルでキレイな家が立ち並ぶ、とっても静かなただの町。でもゲリラたちは、静かに着々と村人たちを教育しているのだと…。彼らの理念を教え、シンパを増やす。仕事がなく豊かではない村人にお金を与えることもある。そうして支配地域を広げ、山中から、大都市がある海岸地帯へと徐々に北上していく。 コロサル(COROZAL)より北にある村 EL CARMEN DE
BOLIVAR(エル・カルメン・デ・ボリーバル)もすでに掌握され、SAN
JACINTO(サン・ハシント)という村までゲリラは上がって来ているという説もある。このあたりでは、これ以上支配地域が拡大しないよう、軍隊との攻防が繰り広げられているんだそうだ。
サン・ハシントはバスで通ったが、みやげ物屋が立ち並ぶただの村。軍とゲリラの攻防が見えるわけじゃない。でもわたしからゲリラは見えないけど、彼らはわたしを見ている。その道を通るクルマをいつもチェックしているから…。
同行者のエンリケと、ゲリラについてたくさん話をした。 「ゲリラはたまに、政府にプレッシャーをかけるために観光客を襲うことはあるけど、たいていは何もしない。バスに彼らのプロパガンダを落書きして、宣伝カー状態にしたりするくらいだよ」 「ゲリラも平和を望んでいるんだ。ただし『平等』を前提にした平和だよ。貧富の差がこんなにあっちゃいけないんだ」 「一概にゲリラだけが悪いって片づけることはできないよ。なぜ彼らが存在するのかってことを考えないとね。アメリカはマスコミ経由で『コロンビアはゲリラと麻薬がはびこる悪い国』って、世界に情報を流す。コロンビアが抱える深い問題には触れようとせずに…ね」 「でもコロンビア国民は、もう何十年も続いているゲリラと政府の闘いに疲れてる。『ゲリラなんかもうたくさん』って考えている人が大多数だろうね」 帰りのバスはやたらと停まった。村人を乗せ、子供を乗せ、果ては修道女まで乗ってきた。外がどんどん暗くなるにつれて、同行者たちとわたしも真っ暗になった。「ああ、夜が来た。昼間ならだいじょうぶ…だったのに」。 停まれば停まるほど時間はかかるし、バスジャックされちゃう可能性だって増える。道には街灯はほとんどなく、ホントに真っ暗。でも、何を積んでいるんだか全然外から見えない大型トラックが、ビューンと通り過ぎていくのは見える。こわかった。 気がつくと遠くに街の夜景が見えた。こわさに耐えかねて寝てしまったが、バランキージャの近くまで戻ってきたらしい。途端にわたしたちは明るくなった。同行者たちもずーっと喋らなかったところを見ると、こわかったんだろう。バスを降りて、タクシーに乗り換えると、さらに明るくなり、どうでもいいことを喋りまくっているうちに目的地についた。 「どう、少し散歩でもしてく?」 「ゴメン、9:30から別のテレノベラがあるの」。そうわたしが言うと、彼らはこんなにおもしろいことはない!って感じで、高らかに笑った。テレノベラ見ながら食べたサンドイッチは、本当においしかった。
注)日本に隠れてた6番目のJUANA
JAPONESA
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関連リンク コロンビアとゲリラ、そして治安 コロサルの写真を見る "LAS JUANAS"について知りたい
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