ホーム 60日間のラテンな旅行体験記 インデックスマルティニーク

滝つぼボディ・ラフティング


「マルティニーク・サファリ・ツアー」のパンフレットを見つけ、さっそく電話をしてみた。

「ボンジュール、ぶじゅぶじゅ」

さっそく聞こえてきたくすぐったいフランス語。英語は喋れるかと聞くと、「ほんの少しだけ」との返答。

「ホワット・イズ・ザ・ピープル?」

担当のマダムは甘ったるい発音で尋ねる。

わたしは少し考える。参加者の属性を知りたっているわけではないだろう。そうだ、参加人数が知りたいのだ。

「ラ・フォーレ」と言われれば、「ああ、森に行くのね」と理解する。わたしたちはあうんの呼吸で会話を進めた。待ち合わせの場所と時間もOKだ。

ただひとつわからなかったことがあった。マダムは「スイミング」と繰り返すのだ。

サファリ・ツアーでスイミング…。海にも行くのかしら。尋ねてみたが、海ではないと言う。湖でもない。じゃあ何だ? とにかく水着を忘れるな、とクギを刺された。謎は参加当日に明かされることになる。

「ツアーにはきっとドイツ人とかイタリア人とか、英語が喋れる人たちが参加すると思うわ」

電話を切る間際、そう言ってマダムは妙に長いこと「カッカッカッカ」と笑った。外国人とのわけのわからないやりとりからやっと解放されるという安堵感からか、「ツアー中もフランス語に悩まされるんだろうか」というわたしの不安を解消しようとしてくれたのか? 多分、両方だろう。

待ち合わせの時間を30分ほど過ぎたころ、迎えが来た。今日のツアーガイド兼ドライバーのピエールは、端正な顔立ちをしたいいオトコ。

「遅くなってゴメン。実はちょっとしたアクシデントがあったんだ」

彼は素直にあやまった。

「アクシデントっていうのは、今日このツアーに参加するはずだった6か国語に堪能なガイドが…」

「どうしたの?」

「夕べ、ラムを飲み過ぎて動けなくなった」

見え透いたウソなどつかない姿勢は好ましい。

「もうひとつ問題があるんだ」

「なに?」

「ぼくは英語がほとんど喋れない」

参加者は全部で8人。スイス人を含めて、全員がフランス語を母国語としている。マルティニーク・サファリ・ツアーが始まった。

スケジュール

バナナ園見学
フランス語で5分くらい説明していたが、わたしに対する英語の説明は、「このバナナはあと8か月で食べられるようになる」の一言で終わった。

熱帯雨林に入り、サトウキビと果物(フルーツ・オブ・ザ・ルーム)を食べる。

うっそうとした森でゆっくりと森林浴。きれいな空気を吸い込むと肺がきれいになるような気がした。

大オフロード走行(山越え、山下り)
4WDのクルマはガタガタと揺れたが、折しもの好天、暑過ぎずポカポカと暖かかったので不覚にも眠りに落ちる。その姿が電車で吊革につかまったまま寝てしまう日本のサラリーマンを彷彿とさせたのか、目が覚めたとき、ガイドのピエールと参加者たちはニヤニヤと笑いながら冷たい目でわたしを見ていた。そう、フランス人はこんなところで寝たりしないのだ。

丘の中腹からサン・ピエールの町を見下ろす。
この町は1902年に起こったペレ山の噴火で壊滅し、以降、首都はフォール・ド・フランスに移転したという。現在は復興しているが、あまり色のない町だった。

クレオール料理のランチ
質素なレストランだが緑に囲まれていて気持ちいい。雰囲気は熱帯っぽくクレオール、マナーやメニュー構成はフレンチ、味はカレーなのでインド風。

目を閉じたら、また寝てると言われるだろうか、と思いつつ瞼が落ちる。

「瞑想してるのか?」

と今度は違った展開。「わたしはヨガが得意なのよ」(ごく初級者なんて誰にもわからない)と鼻の穴を広げると、ツアー参加者たちから歓声が上がった。東洋の神秘に惹かれたのだろうか?

パイナップル畑見学〜島の北東部、静かなビーチへ

本日のメイン・イベント「滝つぼボディ・ラフティング」

電話でツアーの予約をしたとき、マダムが「スイミング」と繰り返していたのはこのことだったのだ。

まず野外で水着一枚になり(予め水着をつけてこなかった人は、奥にある脱衣所で着替える)、「屋根付き荷物預かり所」にすべての荷物を預ける。小屋ではない。四方に細い木の柱が立っており、そこに屋根が乗っている簡素な造りだ。屋根の下にはバー・カウンターのような木製の台があり、中にいる係員に荷物を渡すと引き換えに番号札をくれる。

「ここに荷物を預けてしまって大丈夫だろうか?」

ちょっと不安が走る。そのときわたしはパスポートにトラベラーズ・チェック、何から何まで持っていたのだ。

「ピエール、ここのセキュリティは問題ないかしら」

するとガイドのピエールのみならず、その場にいたすべてのフランス人が口を揃えて言った。

「ウィ」

「イエス」

「オフ・コース」

強い口調には、「フランスのセキュリティに疑いを抱くなんて、なんという不届き者!」という含みが充分に感じられた。フランスのセキュリティをなめてもらっては困るのだろう、ウィ。信じる者は救われる、彼らを全面的に信頼しよう。

水着一枚になった(男性は海水パンツ一枚)わたしたち一行8名は、ピエールの後について細い山道を下っていく。これから何が起こるんだろう?

山道を下り終えると川原と渓流、東京でいえば秋川渓谷のような、澄んだ水を持つ美しい、しかしごく普通の川である。

「なんだこんなものか」と思ったのが大間違い。これから200メートルほど奥にある「神秘の滝」を目指して、ロープにつかまったりしながら川上りをするという。川上りのスタート地点には見たことがない極彩色の鳥のカップルがいて、お見送りをしてくれていた。

「さあ、このロープにつかまって!」

しばらく歩くと1メートルほどの段差が出現した。体力に自信があるわたしは、「何のこれしき」と軽く考えたが、水の流れは思ったより速い。先に段差を越えたピエールが差し出したロープを渾身の力をこめて握り、岩の窪みに足を掛け、一気に登る。彼が急に頼り甲斐のあるオトコに感じられた。

さらにいくつかの段差を越える。ときどき「スイミング」という単語がわたしのアタマに浮かんでは消えていく。このスポーツの正式名称はわからないが、カヌーなどは使わずにカラダひとつで水の流れと格闘するのだから、「ボディ・ラフティング」でいいのではないか? けっこう激しいスポーツである。

上流に近づくにつれて川幅は狭まっていく。人がひとり通れるくらいの川幅だ。両脇は断崖絶壁になっている。ふと上を見上げると、細長い真っ青な空がジャングルの緑に透けて見えた。

突き当たりに滝がある。最後の段差を越えると視界が開けた。四方を崖に囲まれた一辺3メートルほどの滝壷が出現したのだ。その奥に滝があり、ここまで行き着いた人々が順番に滝くぐりをしている。どうやらここで滝くぐりをすると、運が開けるらしい。イグアスの滝のような大瀑布ではないので、気軽にトライできる。

滝くぐりを終えると、ツアー参加者のひとり、レズビアンと思われるカップルの男役の女のコが、相手の女役から見えない角度で、甘い視線を投げかけてくれた。妙にドキドキしてしまったわたし。

滝くぐりも楽しいが、甘い視線もたまらない。そしてこれが現地調達ツアーのひとつでもある。説明が十分に理解できないという欠点はあるが、いろんな国から来たいろんな人々と、知らない未知の土地を探検するのは興味深い体験だ。

預けた荷物は、もちろん何事もなくわたしを待っていた。

次は『マルティニークの旅を終えて』

マルティニークの写真

関連リンク  フランス人  現地調達ツアー  クレオール  

旅行した時期は1996年10月〜11月です。



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