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ペルーの旅を終えて


今回のペルー滞在で、いちばん印象に残ったのはペルー人のやさしさです。ユーモアがあり、他人を思いやる気持ちを持つ人々…。カハマルカで出会った女性が、「カハマルカ人は、たとえたくさん持っていなくても、相手がそれを必要としていれば差し出します。充分な教育は受けていないかもしれないけれど、相手を思いやる気持ちを持っているんです」と言っていたのは、忘れることができません。

「カハマルカ人」はそのまま「ペルー人」に置き換えられると思います。地方に住んでいる人より、都会人のほうがせちがらいのは万国共通の傾向ですが、人なつっこい友人のパトリシアをはじめ、大都会リマでもたくさんのやさしさに出会いました。彼らは、自然なホスピタリティを持っていたように思います。

例えば、旅行代理店では、ツアーが終わるとプレゼントをくれました。それは民芸的な置物だったり、キャンディが入った小さなセラミックのツボだったりするのですが、そんなところにも「ビジネス」を超えた「ホスピタリティ」がにじみ出ているように思います。

キューバやドミニカでは「セニョーラ」(マダム)と呼ばれることが多かったのですが、ペルーに来てからなぜか「セニョリータ」(マドモアゼル)と呼ばれるようになりました。これも「ホスピタリティ」の表れでしょうか???

感謝を表して(?)、若い男のコに「セニョール」(ムッシュー)と呼びかけてみたら、「ボクはまだセニョールじゃない。『ホベン』(若いの)と呼んでくれ」と言われたこともありましたが…。

滞在中にナスカで大地震があり、日本人の取材スタッフが撮影した地震直後のナスカの町の映像が、ペルーのテレビでも頻繁にオンエアされていました。そしてちょうど訪日中だったフジモリ大統領の映像に切り替わり、アナウンサーがこんなコメントをしたのです。

「フジモリ大統領は、『アミーゴ・ハシモト』に地震対策の援助を要請しました」。

日本のニュースで「橋本総理は『アミーゴ・フジモリ』から援助を求められました」とは、とても言わないでしょう。援助を受ける国、援助をする国という構図の違いはありますが、ニュースでこういった表現を使うところにペルー人の屈託のなさ、ユーモアの下地が感じられます(ただ、「アミーゴ・ハシモト」の存在が、日本大使公邸人質事件の下地になったと見る向きもありますが…)。

ペルー人は楽観的です。ペルー大使公邸人質事件の報道においても、日本側のコメントは慎重なものが多かったように思いますが、ペルー側は楽観的なコメントが目立ったようです。

しかし、そういったペルー人の性格傾向(「やさしさ」も含めて)は、逆に経済成長のブレーキになってしまうのかもしれません。あまり楽観的だと落とし穴を見抜くことができないでしょうし、ときには疑い、人を押しのけなければ、ビジネスは成り立ちません。

先進国は豊かな生活を享受しています。モノが溢れ、栄養も充分に取ることができます。しかし一方、見た目はふつうでもストレスなどで「こころ」のバランスが崩れる人々がたくさんいます。経済的に豊かになること、イコール幸せだと言い切ることはできなくなったように思います。経済力と「やさしいこころ」のどちらがすばらしいかと言えば、わたしは「やさしいこころ」を持つことだと考えます。

でもそれはある種のわがままだと言えるでしょう。自分たちだけ満ち足りてしまったので、失ったものを貴重だと思っているに過ぎません。

ペルーではたくさんの子供たちが働いていました。コンビ(乗り合いバス)の車掌、靴磨き、物売り、クルマの窓拭き…。

クルマの往来が激しい、片側3車線もある大きな幹線道路で、ボロボロの服を着た10歳くらいの男のコがモップを持って行ったり来たりしています。渋滞や信号で停まっているクルマの窓を拭いてお金をもらうのです。お金を払わずに走り出すクルマはとことん追いかけます。追いかけて、追いかけて、お金をもらうのです。交通事故に遭う子供たちは跡を絶ちません。

その一方で、裕福な家庭の子供たちはおめかしをして外国旅行に行くのです。

16世紀前半、スペイン人がこの土地を征服して以来の「格差」は、現在も続いています。農業や放牧をしながら生きていたカンペシーノ(先住民)たちは、「持たざる者」となってしまい、そのまま現在に至っているように思えます。

多くのラテンアメリカ諸国は、「失われた10年」と呼ばれる80年代に比べれば、状況は改善されつつあるといえるでしょう。しかし持つ者と持たざる者の「格差」は開くばかりです。

カンペシーノの女性たちは、先祖代々続いている習慣を引き継ぎ14歳くらいで結婚し、何人もの子供を産むといいます。

「日本人は何で子供を作らないんだ?」

ある人がわたしに尋ねました。ボクは子供が3人いて、豊かではないけれど幸せだと…。わたしは答えに詰まってしまいました。

日本が抱えている「少子化」の問題は深刻です。将来を担う子供が極端に少なくなることで、社会構造も変わってしまうでしょう。でもだからといって、お金も仕事もないのに7人も8人も子供を産んでしまうと、あとが大変です。

こうなるとトレード・オフの関係で、「あちらがたてば、こちらが…」状態になってしまいますが、「気がついたら子供が8人。食べるものがないから、親子で物乞い」をなくすために必要なのは、教育の充実だと思います。

しかしもちろん、問題は子供の数だけではありません。貧困にはさまざまな複合要因があり、解決への道のりは長く、遠く、当然のことながら、400年にわたって続いてきた「格差」をなくすことは決して簡単なことではないのです。

ペルー人が楽観的でユーモアと思いやりがあるのは、そうでもしてなきゃ生きていけないほどの厳しい現実があったからかもしれません。ときどき彼らが見せるちょっと醒めた素振りは、何百年にもわたって続いてきた「格差」をなくすことは簡単なことではないと、よくわかっているから…かもしれません。

リマの空港は建物内全面禁煙ですが、国際線の搭乗ロビーで、知的な顔立ちをした外国人と思われる白人男性が堂々とタバコを吸っていました。少し離れた場所では、やはり外国人と思われる白人女性もタバコを吸っています。

彼らは同じように建物内全面禁煙の空港、たとえばマイアミ空港やJFK空港でも搭乗ロビーでタバコを吸うでしょうか?

ペルーが抱えている問題は、彼らだけの問題ではありません。また問題を抱えているのは、ペルーだけではありません。そしてそれらの問題は、世界中のみんなが解決しようと努力すれば、長い道のりも少しは短縮されるでしょう。

彼らはわたしに「やさしさ」と「思いやり」、厳しい状況でも前向きに生きることのすばらしさを教えてくれました。何だか借りができちゃったような感じです。

ペルーのデータ

関連リンク 日本大使公邸人質事件について

ペルーの写真 

旅行した時期は1996年10月〜11月です。



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