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ピラニア釣りに挑戦


早朝、気持ちよく目覚める。東京では宵っ張り+朝寝坊のわたしなのに、朝が来ると自然と目覚めてしまうのだ。

朝食は7時、準備ができると太鼓が鳴り響く。太鼓の音が聞こえると、宿泊客がレストランに集まって来る。朝食はブッフェ式のコンチネンタルなタイプだが、卵がつく。

ガイドのアントニオによると、今日はジャングルの奥深く、まだ人間の手が加えられていない地帯に踏み込んでいくのだという。

昨日のツアーはほとんどがペルー人だったせいか、軽装の参加者が多かった。若い女のコのひとりは短パンにタンクトップである。「マラリアが発生しないとも限らないアマゾン地帯なのに、なんて大胆な…」と感心していたら、やはり蚊に刺されまくっていた。それでもあまり気にする様子はないのだが…。

それにひきかえ今日の参加者たち−スペイン人のグループ−はサファリ・ルックに身を包み、探検家ばりの重装備である。きっとマラリアのクスリも飲んできているんだろうなあ(わたしは飲んでいなかった)。

さあ、ジャングルツアーへと出発だ。小舟で少し行ったところの川沿いに、わらぶきの民家が並ぶ村落があった。

「あれは学校、ほら子供たちがたくさんいるだろう。その隣りにあるのがディスコだよ。ちゃんと教育施設、娯楽施設も整っているんだ」とアントニオ。

子供たちが手を振ってくれる。わたしたちも大きく手を振り返す。なんかとっても素直になっていく自分を感じる。「駆け引き」「ネゴシエーション」なんて無縁な世界で、こころのままに生きている自分をイメージしてみた。

「どうだい、ここに住んでみたら? 川があるからお風呂もいらないし、飲料水も洗濯機もいらない。ジャングルは果物の宝庫、ブタを何頭か飼って、野菜を作る。排泄物は野菜の肥料にすればいい。自然とともに生きる、最高の生活だろう?」

わたしの気持ちを見透かしたようにアントニオが言った。

「そうね、いいかもしれないね」

「いつにする?」

ちょっと曖昧に答えたら、アントニオが突っこんできた。

「来年かな」

「待ってるよ」

彼はいつのまにかわたしの手を取り、ギュッと握り締めていた。

さて、小舟で45分ほど行くと、ある「陸地」に到着した。4人の男のコたちが出迎えてくれる。彼らはこのツアーの「自主的なガイド」なのだ。彼らと「オフィシャル・ガイド」のアントニオの案内で、およそ3時間のジャングル探検が始まった。

サルがいる。コンドルの仲間の鳥がいる。美しい毒キノコ、周囲が10数メートルもあるという大木、見たこともない昆虫、たわわに実るバナナの実、ターザンがぶら下がりそうな頑丈なツル(ガイドの男のコのひとりが、実際にターザンになってくれた)など、興味深いものが次々に現れる。

大木の根元の一部分は地上に出ており、四方八方に広がっている。根と根のあいだ、根元の幹に近いところは大きくくびれているので、テントを張ればふたりくらいは楽に眠れるという。これぞサバイバルか?

昨日は寄ってこなかった蚊が、今日はやたらと寄って来る。アントニオによると、わたしが着ている黒い長袖のTシャツが原因だそうだ。なぜなら蚊は濃い色にたかる習性があるから。そうか、だから探検家はカーキ色のサファリ・スーツを着るのね。肌を露出するのはちょっと不安だったが、こんなにたかられてはたまらないのでTシャツを脱ぐ。それでもけっこう寄って来るのは、わたしの血液がおいしいから? どうやらわたしは蚊に好かれる体質らしい。

3時間のジャングル歩きは、体力(だけ)には自信があるわたしでもけっこうキツい。スペイン人たちもゼーゼー言っている。なのに「自主的なガイド」の少年たちは(もちろんアントニオも)、跳ねるように歩いていく。よく見ると4人の男のコたちのうち3人は裸足! ジムで行っている体力測定では6段階評価で「非常に優れている(6/6)」を維持しているわたしも、アマゾン育ちの少年たちの足元にも及ばなかった(まあ当然だが)。東京に帰ったら鍛え直そうと誓う。

午後はピラニア釣り。エコロジーの観点から言うと確かに問題はあると思うけれど、めったにできないことだし、きっとそんなに釣れないだろうし…。許してね、ピラニア君。

スペイン人御一行様5人とガイドのアントニオ、船頭さん、そしてわたしの合計8人は、屋根もない、(出発してから気が付いたのだが)救命道具もついていない小舟でピラニア生息地へと向かった。

イルカがいるよ」

しばらく走ると、静かな声でアントニオが言った。ため息をつくように小舟のエンジンが止まる。

「ほら、あそこ…、見えるかい?」

一同目を凝らす。あっ、いた! とても遠くだが、水面をゆっくり跳ねる、ピンク色のイルカの背中が見えた。それにしても、あんなに遠くにいるイルカを見つけるなんて、アントニオの視力はアフリカ時代のオスマン・サンコン並みなのだろう。自然界に生きる人々は人間が本来持っている能力が非常に高く、五感が研ぎ澄まされている。最近のわたしは味覚以外は鈍くなっているような気が…。

もう1回くらい姿を見せてくれるかと思ったが、水面は動かない。

「イルカはすごーくシャイだから、ふつうエンジンの音が聞こえると逃げてしまうんだ。見れただけでもラッキーだよ」

アントニオはそう言って、船頭さんに舟を出すように促した。

細い支流に入っていくと、大きな蓮のような円形の浮き草や水草が一面にビッチリと浮いている。小舟は水草を縫うように進んでいき、ピラニア生息地に到着した。

「さあ、ピラニア釣りだ」

アントニオはそう言いながら、細い竹竿に糸を巻き付けただけの超シンプルな釣竿を各人に渡した。粘土のような餌を付けて、釣り糸をたらすこと10分ほど。いきなりわたしの浮きが動いた。

「釣れた!」

わたしが興奮気味に叫ぶと、アントニオはピラニアの口から冷静に針を抜いた。釣ったピラニアは10センチほどのかわいいヤツ、獰猛なイメージからはほど遠い。

気持ちの問題だが、釣ったピラニアは逃がすことにした。逃がしながら考える。自然とともに生きている人々は、釣ったサカナは食べなければ生きていけない。文明化された都会で充分なモノたちに囲まれて生きてきたわたしが、ここでエコロジーを主張しても虚しく響くだけではないか?

「釣ったピラニアはフライにして今晩の夕食のオカズにするんだよ」

アントニオが言った。それならいいよね、菜食主義といわれている人たちだってサカナは食べるんだし…。

釣れたのはビギナーズ・ラック以外の何物でもなかった。それから1時間半近く釣り糸を垂れていたが、1匹も釣れなかった。アントニオはたくさん釣った。

スペイン人のオヤジは1匹釣って、「ボクは釣りが得意なんだ」なんて誇らしげに言ってしまったせいか、それからはパッタリ。真剣になればなるほど釣れない。水鳥の集団が鳴きながら飛び立った。

「フフフ…、鳥さえも笑ってるよ」

自嘲気味にそう言う彼は、ちょっとかわいいオヤジである。

ロッジに戻る途中、再びイルカに会った。今度はちょっと親愛の情を示してくれているのか、さっきよりも少し近づき、何度もジャンプを繰り返す。どうやら3匹いるらしい。ピンク色の親イルカとグレーっぽい色の小イルカが2匹。いなくなってしまったかと思うと、しばらくたってからずいぶん離れたところでゆっくりとジャンプ、またしばらくすると別の場所でジャンプ。さすがに顔は見せてくれないが、アントニオによると、イルカたちがこんなに姿を見せることはあまりなく、出血大サービス状態だそうだ。

アマゾンに夕暮れが訪れる。大きな積乱雲の向こう側に隠れた太陽の光が雲の隙間から洩れ、海のような大河アマゾンをオレンジ色に染める。しかし上のほうの空はまだ青く、雲は白い。射しこむ光は宗教画に描かれる後光のようにも見えるが、光が届く先はジャングルである。

偉大な夕陽に感銘していると、再びアントニオがさりげなくわたしの手を取り、ギュッと握り締めた。何だかとってもロマンチックな気分になったので、わたしもギュッと握り返してみた。

さて、夕食に登場したピラニアはあっさりとした白身魚だった。小振りなので骨まで食べれてカルシウムも充分、これをツマミに日本酒を飲んだらおいしそう。もしかしてこのロッジでわたしが食べていた白身魚って、みんなピラニアだったのかしら?

レストランにも電気はないので、各テーブルにはランプがいくつか置かれている。ランプの「ぼわっ」とした灯りに照らされ、あたりが揺れている。ふと上を見ると、わらぶきの屋根を青みがかった蛍光塗料のように鮮やかな光が移動していた。

「あれは何?」

隣りに座っていた人に尋ねてみた。

「ホタルだよ」

日本人はホタルも知らないのか、そんなニュアンスが込められていたような気がするけど、わたしが知っているホタルの光とは全然違うのだ。まるで人工の光のように鮮明で(鮮明だから人工の光とは、想像力が貧困…)、青みがかった色みがなんとも神秘的である。

ずっと天井を見上げていたら、夕食後の娯楽「フォルクローレの生演奏」が始まった。ジャングルロッジでランプに照らされながら聞くフォルクローレもまたオツなものだが、ひとつだけ問題があった。なぜかわたしのところだけに、いろんな虫がとっかえひっかえやってくるのである。よっぽど虫に好かれる体質なのか、虫除けの効果も及ばないようだ。

早めに退散、外で鳴いている虫の声を聞きながら眠ろうとするが、どうもかゆい。羽音は聞こえないので、部屋に蚊はいないはず。だとしたら、これはノミか??? 考えているうちに、ゆっくりと眠りに落ちた。

次は、文明に戻るの巻

関連リンク 虫刺されのツボ

ペルーの写真

旅行した時期は1996年10月〜11月です。



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